伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

夜來香(イェライシャン)

 【夜來香(イェライシャン)】


 「夜來香(イェライシャン)」とは、キョウチクトウ科(旧ガガイモ科)の花の一つ、学名テロスマの漢語名です。
 ユリに似た上品な香りが夜になるとひと際強くなるので、この名が付けられています。
 日本名は「東京葛(トンキンカズラ)」、英名では「Tonkin jasmine(トンキンジャスミン、東京茉莉)」と言います。
 東京(トンキン)とは、この花の原産地を意味し、日本の東京ではなく、嘗ての仏領印度支那のトンキン、現在のベトナムのハノイのことです。


 この花に因んだ歌曲「夜來香」は、戦時中の1944年(中華民國33年)に湖南省出身の黎錦光(レイ キンコウ)が作詞作曲し、李香蘭(リ コウラン又はリ シャンラン、本名:山口淑子)の歌唱により上海の百代唱片公司から発売された北京語の歌謡曲です。
 当時、満洲映画協会のスターであった李香蘭の名とともに歌は広がり、支那や満州など大陸各地で人気を博しましたが、戦後は中華民國の国情とは合わず廃れてしまい、中共の支配する大陸では反革命的として聴くことも歌うことも禁止されてしまいました。
 ところが、何十年もの長い時間を経て、「夜来香」の花の上品で甘い香りに寄せた情緒纏綿(じょうちょてんめん)としたこの歌は、中華民國台灣の鄧麗君(テレサ・テン)の歌声で復活しました。
 その後、大陸中共でも解禁され、「何日君再來」と並び称される全世界の華人に好んで歌われるチャイニーズ・メロディーの代表曲となっています。


 この歌詞は、芳しい香りを漂よわせる「夜來香」への思いを詠う内容ですが、勿論、「夜來香」とは、作者が思いを寄せる女人に見立てたものです。


 この楽曲は、実に多くの歌手がカバーしているため選択に迷うところですが、今回は蔡幸娟小姐の演唱でご紹介します。

筆者注:

 日本では、キョウチクトウ科のテロスマ(夜來香=トンキンカズラ)の他、夜に強く香りがすることからリュウゼツラン科のチューベローズ(月下香)や ナス科のケストルム(夜香木)なども「夜来香」と名付けて花屋の店先に並ぶことがありますが、これは誤用です。

 本物の「夜來香」は、キョウチクトウ科のテロスマだけです。


 夜來香 (イェライシャン)
                 作詞・作曲 黎錦光
那南風吹來清涼   (南風吹き来たりて涼しく) 
那夜鶯啼聲輕唱   (ヨナキツグミは声も軽やかに唄う)
月下的花兒都入夢  (月明かりの下で花々は夢に入り)
只有那夜來香    (ただイェライシャンのみがそこに有りて)
吐露著芬芳     (芳しき香りを漏らし漂よわす)
我愛這夜色茫茫   (我は夜の気配の果てなく広がるを愛し)
也愛著夜鶯歌唱   (また、ヨナキツグミの歌声も愛す)
更愛那花一般的夢  (更に愛するはその花の見る普通の夢)
擁抱著夜來香    (イェライシャンを抱擁し)
吻著夜來香     (イェライシャンに口吻ける)
夜來香 我為你歌唱 (イェライシャン 君がために歌う)
夜來香 我為你思量 (イェライシャン 君がために想う)
啊… 我為你歌唱 我為你思量 (ああ… 君がために歌い 君がために想う)
夜來香 夜來香 夜來香    (イェライシャン イェライシャン イェライシャン)


筆者注:

 「夜鶯」とは、「ヨナキツグミ(夜鳴鶇)、別名:ヤブサヨナキドリ(薮小夜鳴鳥)」のことで、夜中に鳴く鳥の一種ですが、西洋の「ナイチンゲール、別名:サヨナキドリ (小夜啼鳥)又ヨナキウグイス(夜鳴鶯)」とは別の鳥です。

 名称も姿形も鳴き声も良く似ているので、しばしば混同されるので、或いは詩人自身が誤用している場合もあるのかもしれません。

 漢詩では、「夜鶯(ヤオウ)」あるいは「夜なき鶯(ヨなきウグイス)」と訓読します。



蔡幸娟_夜來香(200605)



 チャイニーズ・メロディの代表曲として並び称される「何日君再来」の解説はこちら↓