伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

何日君再來(いつの日君帰る:蔡幸娟版)


 「何日君再来」(ホーリー ジュン ザイライ、邦題「いつの日君帰る」)は、「夜來香(イエライシャン)」と並び称されるチャイニーズ・メロディーを代表する1曲です。


 この曲は、1937年に上海で製作された映画『三星伴月』の挿入歌として、当時の人気歌手 周璇(しゅう・せん、チョウ・シュアン、1918年8月1日 ‐ 1957年9月22日)の演唱により空前のヒットとなりました。


 作詞者は貝林、作曲者は晏如で、歌詞の内容は送別の宴席で別れを惜しみ再会を願う心情を詠じただけのものですが、発表当時の権力者達のさまざまな政治的思惑によって幾度となく演唱を禁止されるなど、数奇な運命をたどってきた歌謡曲として知られています。
 その原因の一つは、当時の歌曲の聴取手段が歌詞を目で見ることのできないラジオやレコードが主体であったため、「何日君再来」の発音だけを聞くと、漢字には同音異義語が多くあるため様々な意味に解釈されたことにあります。

 筆者註:

 支那諸語には漢字1字1字に声調という高低アクセントがあり、同じ読みでも高低の抑揚の付け方によって4声或いは8声に区別されているので、会話の場合にはそれほど誤解されることはありません。

 しかしながら、歌唱に於いては声調を付けて演唱するとビブラートのようになってメロディーラインを壊すことになるので、殆どの歌謡曲が声調を抑えて演唱しているため歌詞を聞くだけでは同音異義語が多くなり解釈が分かれることになります。


 まず「何日君再来」が流行した当時、偶々支那事変が発生したため、.南京から武漢へ遷都していた支那の国民政府当局者の中にはこの歌を、日本への徹底抗戦意識の減殺を目的として日本軍が意図的に流行させた「亡国の歌」であると見る者がおり、当時日本軍によって流布されていた他の中国語歌謡曲とともに「何日君再来」を排斥しようとする動きがありました。


 逆に日本軍の方では、「何日君再来」の「君」とは抗日戦に敗れ武漢から更に重慶へと撤退した「君(=蔣介石)」のことで、「いつ蒋介石は帰ってくるのか」と歌っているようにもとれるし、また「君」の中国語の発音が「軍」のそれと同じことから、「何日軍再来(いつ国民政府軍は帰ってくるのか)」と呼びかけているようにもとれることから、蒋介石や国民政府軍の反攻を期待する抗日的な性格を持った歌であると解釈されました。
 また、その反対に「何」が「閡」(ガイ:「妨げる」という意味)と同音のため「閡日軍再来(日本軍の再来を妨げよう)」という意味にもとれることから抗日的な歌曲だとみなされて、「何日君再来」を排斥しようとしました。


 大東亜戦争終結後の台湾に於いても、外来政権である中華民国国民党政府の圧政に苦しむ本省人が歌うと、日本の植民地統治時代を懐かしみ、終戦後去っていった日本軍に向かって「何日軍再来(いつ日本軍は帰ってくるのか)」と呼びかけていると当局者は解釈しました。
 更に、「何」が「賀」と同音であり「賀日軍再来(日本軍の再来を慶賀する)」とも聞き取れることから、国民党政府が同歌の歌唱を引き続き長期に亘り禁止していました。


 しかし1978年頃、鄧麗君(テレサ・テン)が歌唱禁止の解けたこの曲を録音して復活させました。
 人気は徐々に上がって、1980年 9月には台湾各地で大ヒットして 今や中華民国のみならず、全世界の中国人に歌われるチャイニーズ・メロディの代表曲となり、その後も数多くの歌手がこの曲をカバーしています。


 その中から、今回は蔡幸娟小姐版をご紹介します。 


 なお、この歌詞では、五言句が八句連続する部分では、偶数句末の語が「・・ai」の脚韻を踏んでおり五言古詩の体裁を採っています。また、唐詩を引用している部分もありますが、その説明は、又の機会に譲ります。 



蔡幸娟 何日君再來 台灣望春風 HD1440p


 何日君再来(いつの日にか君は帰る)
一節
好花不常開,  (素敵な花は常に咲いているとは限らないし、)
好景不常在。  (素敵な景色も常に見られるとは限らないわ)
愁堆解笑眉,  (悲しみが積もる中で、笑顔になろうとするけれども、)

涙灑相思帯。  (涙が溢れて、思いを寄せる二人の絆の帯を洗うほどなの)
今宵離別後,  (今夜別れた後は、)

何日君再来?  (貴方はいつまた帰って來るの?)
喝完了這杯,  (この一杯を飲み干したら、)

請進點小菜。  (小皿に盛った酒の肴も召し上がってくださいね)


人生難得幾回醉,(人生で幾度も酔えるものではないのだから、)
不歡更何待!  (楽しまないで今さら何を待つ必要があるの!)


台詞:
來、來、來,   (さあ、さあ、さあ、)
喝完了這杯再説吧。(先ずはこの杯を飲み干しましょう、話は後にして。)

今宵離別後,  (今夜別れた後は、)
何日君再来?  (貴方はいつまた帰って來るの?)


二節
道楽時中有,  (気晴らしの最中なのに、)
春宵飘吾哉。  (春の夜は、私をふらつかせようとするわ)
寒鴉依樹棲,  (コクマルガラスは、木に依って棲み、)
明月照高臺。  (明るい月は、高殿を照らしているわ)
今宵離別後,  (今夜別れた後は、)
何日君再来?  (貴方はいつまた帰って來るの?)
喝完了這杯,  (この一杯を飲み干したら、)
請進點小菜。  (小皿に盛った酒の肴も召し上がってくださいね)


人生難得幾回醉,(人生で幾度も酔えるものではないのだから、)
不歡更何待!  (今この時を楽しまないで何を待つ必要があるの!)


台詞:
來、來、來,  (さあ、さあ、さあ、)
再敬你一杯。  (一杯差し上げましょう。)


今宵離別後,  (今夜別れた後は、)
何日君再来?  (貴方はいつまた帰って來るの?)
  
3節
停唱陽關疊,  (別れの詩の陽関三畳を歌うのはやめて、)
重擎白玉杯。  (白玉の杯を挙げてもっと飲みましょう)
慇勤頻致語,  (ねんごろに色々話し、)
牢牢撫君懷。  (しっかりと貴方の思いを慰めましょう)
今宵離別後,  (今夜別れた後は、)
何日君再来?  (貴方はいつまた帰って來るの?)
喝完了這杯,  (この一杯を飲み干したら、)
請進點小菜。  (小皿に盛った酒の肴も召し上がってくださいね)


人生難得幾回醉,(人生で幾度も酔えるものではないのだから、)
不歡更何待!  (今この時を楽しまないで何を待つ必要があるの!)


台詞:
唉…再喝一杯 乾了吧。 (あゝ、もう一杯飲んで、飲み干してね。)


今宵離別後, (今夜別れた後は、)
何日君再来? (貴方はいつまた帰って來るの?)



【鄧麗君版はこちら▼】


 【チャイニーズ・メロディの代表曲として並び称される「夜來香」の解説はこちら▼】