伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

春節回想

    《渚のバルコニーに立つ山の神》


 春節即ち旧暦の正月を祝う行事は、日本では殆どありませんが、今年の旧暦元日は2月8日でたまたま私の誕生日と重なりました。


 この日、山の神の提案により、私の誕生祝いの為、伊勢志摩へ一泊旅行に出かけることになりました。
 私の為の祝賀会のはずなのですが、山の神はアイデアを出すだけで、ホテルの手配、往復の車の運転から費用の支払いまで面倒なこととお金の掛ることは全て私持ちです。


 8日は、温泉に浸かり懐石料理を食して、ホテルの庭に設置された天文台で木星などを眺めて滞りなく祝賀会はお開きとなりました。


 翌日、山の神のご託宣により、5月に先進国首脳会議(伊勢志摩サミット)が開かれる賢島を見物に行きました。工事現場など見ても仕方がないだろうとは思いましたが、神の祟りを恐れる私はしぶしぶ、島内の断崖絶壁に沿う細い山道を車で分け入りました。賢島を見るはずの山の神は、朝からバイキング料理を腹いっぱい平らげたため、出発して3分もたたぬうちに熟睡状態です。
 「遠く寒山に上れば、石径斜めなり・・・」とは杜牧の漢詩ですが、正にその通りで、進めば進むほど、山道は細くなり石ころだらけになり急傾斜になってきました。やがて、車の底が岩にゴツゴツとぶつかる程になったので、止む無く引き返そうと考えて、どこか転回できる場所はないかと更に奥の方へ敢然と突き進んだのが裏目となり、ついに進退窮まってしまいました。
 道幅2メートルほどのロング・アンド・ワインディング・ロードをバックミラーだけを頼りに何度も切り返しながら後退して、小一時間冷や汗をかいてやっとの思いで元の場所まで帰り着きました。


 白河夜船の山の神、漸く息を吹き返して寝ぼけ眼で周りの景色を一瞥して言います、
 「まだ、こんなとこなの~」


 いささかうんざりした私は言い返します。
 『今まで一時間も走っていて、どこか一か所くらい印象に残った場所はないのか?」


 山の神は、寝言を一言残して、再び夢の国へと帰ってゆきます。
 「いずれの場所もそれぞれに・・・」


 その瞬間、私の脳裏に、昔見た映画の1シーンが鮮やかによみがえってきました。
 某国の王女が新聞記者に、どの都市が最も気に入ったかと聞かれて、最初は公人らしく
 「いずれの場所もそれぞれに・・・」と答えながら、つい、本当に好きになった場所を言ってしまうという場面です。


 王女役は、当時無名の新人オードリー・ヘプバーン。この作品でオードリーは初主演映画であるにも拘らず、アカデミー最優秀主演女優賞を獲得して、一躍、押しも押されもせぬハリウッドの大スターとなったのです。


 1953年度、アメリカ映画不朽の名作。邦題はたしか・・
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   「老婆の休日」