伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

旅人よ


 「旅人よ」は、日本の俳優兼シンガーソングライターの加山雄三が、自身10枚目のシングルレコードとして、1966年(昭和41年)10月15日に発表した楽曲です。
 このシングルレコードには「夜空を仰いで」がA面に収録されており、「旅人よ」はB面にカップリングされています。
 また、この2曲は12月15日に発表されたシングル「まだ見ぬ恋人」と共に、翌1967年元日に公開された加山雄三主演の映画「若大将シリーズ」の第9作となった「レッツゴー! 若大将」の挿入歌としても使われています。


 作曲は弾厚作(加山本人)、作詞は岩谷時子です。
 詞の内容は、晩秋の頃、故郷から遠く離れた草原を行く若き旅人に、命の限り夢を抱いて進みなさいと語りかける応援歌です。
 「いのち果てるまで」続ける旅とは、三次元的空間的な旅ではなく、四次元的時間的な旅を意味しています。
 三次元の「天地」を旅館に見立て、四次元の「時間」を旅人になぞらえることは、古来の詞詩文曲に見えるとおりです。
 人は時の流れと共に未来に向かって進む旅人であるという岩谷の考え方は、この古伝の思想を踏まえたものです。


 なお、第2節に見える「遠いふるさと聞く 雲の歌に似て」とは、分かりにくい表現ですが、「遠いふるさと聞く」とは、本来はこのような口語体の歌詞では「遠いふるさと聞く」とすべきところを、詞全体の韻律を整えるために敢えてこの句だけ文語調の表現にしたものと考えます。
 また、「雲の歌」が何を指すのかは本人でなければ分かりませんが、岩谷が7歳のときに発表された童謡「夕焼け小焼け」の可能性が高いものと思います。
 この童謡の中には直接「雲」という詞語は出てきませんが、岩谷の詞に見える「赤い雲」「夕陽」「空」「鳥」「星」などの詞語は、「夕焼け小焼け」を強く意識したもののように思えます。


  旅人よ
  旅人
         作詞:岩谷 時子、作曲:弾 厚作、唄:加山 雄三


1 風にふるえる 緑の草原
  たどる瞳かがやく 若き旅人よ
  お聞きはるかな 空に鐘が鳴る
  遠いふるさとにいる 母の歌に似て
  やがて冬が冷たい 雪を運ぶだろう
  君の若い足あと
  胸に燃える 恋もうずめて
  草は枯れても いのち果てるまで
  君よ夢を心に 若き旅人よ

  
為風顫動的 綠的草地
  溯尋的瞳孔放光的 年輕的旅人
  聽在遙遠的 天空裡鐘響
  與在遠的故鄉的 母親的歌相似
  不久冬天 冷的雪會運送
  你的年輕的足跡
  對胸燃燒的 戀愛也填埋
  草枯萎也 到生命終
  你 對心中有夢 年輕的旅人


2 赤い雲行く 夕陽の草原
  たどる心やさしい 若き旅人よ
  ごらんはるかな 空を鳥がゆく
  遠いふるさとに聞く 雲の歌に似て
  やがて深いしじまが 星を飾るだろう
  君の熱い想い出
  胸にうるむ 夢をうずめて
  時は行くとも いのち果てるまで
  君よ夢を心に 若き旅人よ
  ムムム……

  
紅的雲逝去的 夕陽的草地
  溯尋的心和善的 年輕的旅人
  請看 鳥去遙遠的天空
  與在遠的故鄉聽的 雲的歌相似
  不久深的寂靜 會裝飾星
  你的熱的回憶
  填埋在胸裡 濕潤的夢
       時候過去 到生命終
  你 對心中有夢 年輕的旅人
  mumumu……




加山雄三 - 旅人よ
 

盛唐李白作「春夜宴桃李園序」抜粋


(白文)

夫 天地者, 萬物之逆旅; 

  光陰者, 百代之過客。


(訓読文)

夫れ 天地は,萬物の逆旅(げきりょ)にして; 
   光陰は,百代(ひゃくだい)の過客(かかく)なり。


(現代口語訳)

そもそも 天地は,万物を迎え入れる旅の宿のようなものであり;

     時の流れは,永遠の旅人のようなものである。

     

 夕焼小焼

                      作詞:中村 雨紅 

                      作曲:草川 信

夕焼小焼(ゆうやけこやけ)で 日が暮(く)れて

山のお寺の 鐘(かね)がなる

お手々つないで 皆(みな)かえろ

烏(からす)と一緒(いっしょ)に 帰りましょう


子供(こども)が帰った 後からは

円(まる)い大きな お月さま

小鳥が夢(ゆめ)を 見る頃は

空にはきらきら 金の星