伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

跟往事乾杯(過ぎ去ったことへの乾杯)

 「跟往事乾杯」は、台灣の歌手で「憂鬱王子」と称されている姜 育恒(チャン・ユーハン:ジャン ユーハン 1958年11月15日-)が、1988年9月19日に発表した楽曲です。


 この曲は、日本のシンガーソングライター長渕 剛(ながぶち つよし 1956年9月7日 - )が作詞・作曲して1980年9月5日に発表した楽曲「乾杯」の曲に、台灣の作詞家陳桂珠が台灣國語の詞を付けたものです。


 長渕 剛の「乾杯」と姜 育恒の「跟往事乾杯」とは、友人への応援歌という面では共通ですが、長渕 剛版が過去の思い出を詠じつつも友人の未来への旅立ちを激励するものであるのに対し、姜 育恒版は過去の辛さや悲しみなどの忌まわしい出来事を忘れて明日を迎えようと詠じているところに特色があります。


 この違いは、姜 育恒の生い立ちと当時の台灣の社会環境が原因と思われます。


 姜 育恒の両親は支那大陸山東省の出身ですが、戦後の混乱期に韓国に渡った所謂韓國華僑です。
 彼らの生活は決して楽なものではなく、1958年に漢城(ソウル)で生まれた姜 育恒も子供のころから食堂の給仕や建築作業員、草履や雨傘などの露天商などをして働きました。


 しかしながら、「溺れる犬は叩け」という諺がまかり通る韓国に於いて、社会の底辺にいる弱者が人並みの生活を手に入れることは容易なことではなく、1982年姜 育恒は韓国に見切りを付けて台灣に渡ります。
 姜 育恒にとって、韓国での思い出は決して楽しいものではありませんでした。
 台灣で歌手になった姜 育恒は、人生の辛さや悲しみ苦しみなどを歌い上げるのを得意として、「憂鬱王子」の異名をとることになりました。


 この「跟往事乾杯」が発表された当時の台灣は、38年間にも及ぶ戒厳令が解除された翌年です。
 作詞者の陳桂珠にとっても、抑圧の過去は決して面白可笑しいものではなかったでしょう。


 このような状況下で出来上がった「跟往事乾杯」が「乾杯」とは異なり、過去への決別を詠ずるものになっているのは、ある意味必然的なことだったのでしょう。



 跟往事乾杯
 過ぎ去ったことへの乾杯
          作詞:陳桂珠    作曲:長渕剛 演唱:姜 育恒


經過了許多事 你是不是覺得累 *1
ジングォラシュドゥシ ニィシブシジゥェダレィ
這樣的心情 我曾有過幾回

ヂェヤンダシンチン ウォツォンヨゥグォジィフィ
也許是被人傷了心 也許是無人可了解

イェシュシベイレンサンラシン イェシュシウレンクゥリャォジェ
現在的你 我想一定很疲憊

シェンザイダニィ ウォシャンイーディンヘンビィベィ
多くの出来事が君の身の上に起こり 君は疲れを感じているのではないだろうか
このような気持ちは 僕にも嘗て何度も湧き起こった
多分人に心を痛めつけられたり 自分を理解してくれる人がいなかったからだろう
今の君は 僕にはとても疲れきっているように見える


人生際遇就像酒 有的苦 有的烈
レンションジユゥジュゥシャンジュゥ ヨゥダク ヨウダリェ
這樣的滋味 你我早晚要體會
ヂェヤンダズゥウェィ ニィウォザォワンヤォティフィ
也許那傷口還流著血 也許那眼角還有淚
イェシュゥナァサンコゥハィリゥヂァシゥェ イェシュゥナァイェンジャハィヨゥレィ
現在的你 讓我陪你喝一杯
シェンザイダニィ ランウォペィニィフゥイーベィ

人生はまるで酒のようなものだ 苦くもあり また烈しくもある
このような味わいを 君と僕は遠からずまた経験するだろう
多分傷口に血が流れ 目じりには涙が溢れるだろう
今の君は どうか僕を傍に於いて1杯飲んでくれ


乾杯 朋友 就讓那一切成流水 *2
ガンベィ ポンヨゥ ジュゥランナァイーチェリュゥスィ
把那往事 把那往事當作一場宿醉
バァナァワンシィ バァナァワンシィダンズゥォイーチャンスゥズィ
明日的酒杯 莫再要裝著昨天的傷悲
ミィンリーダジュベィ モゥザィヤォズゥンヂャズォテンダシャンベィ
請與我舉起杯 跟往事乾杯 
*3
チンユゥウォジュゥチィベィ ゲンワンシィガンベィ

乾杯 友よ 過去の全ては流れる水にしてしまおう
過ぎたことは 過ぎた過去のことは今夜は一度の二日酔いにしてしまおう
明日のグラスに また昨日の悲しみを注がぬように
僕と杯を挙げて 過ぎ去った過去のことへ乾杯しよう


*1~*3繰り返し


*2~*3繰り返し2回


舉起杯 跟往事 乾~杯~...
ジュゥチィベィ ゲンワンシィ ガ~~ンベ~ィ…

杯を挙げて 過去を忘れるために 乾~杯~…




《 跟往事乾杯》演唱 : 姜育恆



 長淵剛版はこちら↓


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