伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

医者の戯言(KC先生の思い出)

 今は昔、某地方小都市のとある総合病院に勤務していたころ、外科医のKC先生(仮名)から聞いた話です。


 なお、この話は、医療水準の低かった戦前の医学生の間で流行っていた戯言のようですので、現在の先進医療により治療や療養をされている方は、決してこのようなことはありませんので、ご安心ください。


 口さがない医学生は、各診療科の医者の特性を、次のように揶揄していたそうです。

 なお、( )書きは、私の独断による解説です。

 重ねて、現在の患者の皆さんに申し上げますが、あくまでも昔の戯言です。


 内科医: 何でも知っているが、何もしない。

     (内科医は、病理について詳しく知っており、治る病気は放っておいても自然

      に治るし、治らないものはどう手を施しても無駄だと考えていたようだ。)


 外科医: 何も知らないが、何でもやってしまう。

     (外科医は、病気の機序や怪我の原因など全く知らないが、取りあえず、

      元の形になるように、切ったり貼ったりするのが仕事であったようだ。)


 精神科医: 何も知らないし、何もしない。

      (心理学が未発達で、精神科の薬もろくなものが無かったので、精神科医

       は、現在の心理カウンセラーのようなものであったのかもしれない。)


 病理解剖医: 全てを知っているが、一日遅い。

       (解剖の結果、死因となった病気や怪我について全てを解明できるが、

        もう一日早ければ手の施しようも有ったのにと悔やまれる。)



 なお、KC先生のような外科医というものは、根っからの技術職です。芸術家肌の先生や職人気質の先生が多く、自分の仕事に他の追随を許さぬこだわりを持っている方が少なくありません。


 このKC先生もご多分に漏れず、メスを入れる位置や切り口の長さなどにミリ単位のこだわりがありました。


 類まれな卓越した技術を持つKC先生、手術中に独り言を言う悪い癖がありました。


 ある日の、ごく簡単な虫垂炎手術の時のことです。


 患者さんの下腹部の局所麻酔が効いているのを確認したKC先生、オペ(手術)を開始します。


KC先生: 「さ~ それではこれから始めますよ~ 何も心配はいりませんからね~」


患者: 『はい、お願いします。』


 先生、おもむろにメスを手に取り患者の下腹部に当てると、いつも通り、一気に数センチ切り込みを入れましたが、どうやら1ミリほど切りすぎたようです。オペ的には却って虫垂部の確認や切除部の取出しが容易になるので、何の問題もありませんが、ご自分の理想のイメージではありません。ここで、余計な独り言が出ます。


KC先生: 「あっ! しまった~!!」


患者: 『えっ! えええ~!! せっ、せっ、先生! どっ、どうしました~!!?』


 先生、患者の疑問よりも、切りすぎてしまった1ミリが悔やまれてなりません。それもそのはず、切り足らなければ追加して切ることも可能ですが、切りすぎたものはもう二度と元へは戻らないのですから。芸術家としての美意識と職人としてのこだわりから痛恨の一言を発したのは当然のことでしょう。


KC先生: 「う~む、もはや手遅れか~」


 局所麻酔のはずのこの患者さん、突然、意識を失ってオペが終わるまで目が覚めなかったそうです。