伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

陋室銘(ろうしつのめい)

【『山おくのおうち』ポケベル美術館所蔵彩色画(2018/02/21 ⓒポケベルike3022)】



 「陋室銘(ろうしつのめい)」とは、中唐の政治家であり詩人であった劉禹錫(りゅう うしゃく、772年 - 842年)が書いた韻文です。
 「陋室」とは、狭くて粗末な部屋のことで、「銘」とは、心に刻む指標即ちモットーのことです。


 劉禹錫は、政治家として順宗皇帝の下で「永貞の革新」と呼ばれる政治改革を推進しました。
 ところが、志半ばにして順宗皇帝が脳溢血に倒れ後遺症で言語障害を患ったことから、宦官の圧力に屈して退位してしまいます。
 後ろ盾を失った劉禹錫らの改革は守旧派の巻き返しにより頓挫して、その後、延べ20年以上に及ぶ僻地での左遷生活を送っています。


 「陋室銘(ろうしつのめい)」も、和州刺史に左遷されていた時に書かれたものです。


 文の内容は、どんなに狭くて粗末な部屋に住んでいても、自分自身の品徳を高尚に保っていれば、立派な部屋だと見做して恥じることはないのだと主張する作者の矜持を詠じたものです。  


 今回は、白文と訓読文及び口語訳に加えて、1200年前のこの韻文に新曲を付けて演唱している動画をご紹介します。
 なお、各句末は、「・・ing」の音が連続するように韻を踏んでいるので、韻文としてのリズム感を醸し出しています。



(白文)
  陋室銘       (平水韻下平声八庚九靑通韻)
           劉禹錫
山不在高、有仙則名。
水不在深、有龍則靈。
斯是陋室、惟吾德馨。
苔痕上階緑、草色入簾靑。
談笑有鴻儒、往来無白丁。
可以調素琴、閱金經。
無絲竹之亂耳、無案牘之勞形。
南陽諸葛廬、西蜀子雲亭。
孔子云、「何陋之有?」

     


(訓読文)   
  陋室(ろうしつ)の銘
                   劉禹錫
山は高きに在らず、仙有らば則ち名あり。
水は深きに在らず、龍有らば則ち霊あり。
斯(ここ)は是れ陋室にして、惟(た)だ吾が徳のみ馨(かんば)し。
苔痕(たいこん)は階(きざはし)を上って緑に、草色は簾(すだれ)に入って青し。
談笑に鴻儒(こうじゅ)有り、往来に白丁(はくてい)無し。

以て素琴(そきん)を調(ととの)え、金経(きんけい)を閲(けみ)すべし。
絲竹(しちく)の耳を乱す無く、案牘(あんとく)の形を労する無し。
南陽の諸葛が廬(いおり)か、西蜀の子雲が亭(あづまや)か。
孔子云う、「何の陋(いや)しきことかこれ有らん?」と。



(口語訳)
 狭くて粗末な住まいのモットー
                         劉禹錫
山は高いからではなく、仙人がいるから有名になる。
川は深いからではなく、龍がいるから神秘的なのである。
狭くて粗末な部屋ではあるが、ただ私の品徳を高尚にしていれば恥じることはないのだ。
斑点のようなコケが階段を上って緑に、草の色は簾越しに青々と眺められる。
談笑しているのは大学者たちであるし、卑しいものの行き来するのは見られない。
ここでは質素な琴を弾くことも、仏教の経典を読むこともできる。
騒がしい楽器の音が耳を汚すことはなく、役所の文書や手紙で煩わされることもない。
南陽の諸葛孔明の草廬や、西蜀の揚子雲の載酒亭など古来の名士の庵室にも比せようか。
「論語」子罕篇で孔子も言っている、「そこに住む人に君子の徳があるときには,どうして粗末で卑しいことなどあろうか、いやありはしない。」と。





劉禹錫〈陋室銘〉(新曲)



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