伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

庭院深深(庭園は奥深く)


 《庭院深深》(庭園は奥深く)は、1971年に公開された同名の台湾映画の主題歌として、主演した女優の歸亞蕾(グァ・アーレイ:1944年6月2日-)が演唱した楽曲です。
 この曲は、それから8年後の1979年4月に、台灣の新人女歌手であった蔡琴(ツァイ・チン:1957年12月22日-)がカバーして、彼女のファーストアルバムである「出塞曲」に収録して発表したことでも知られています。


 この映画は、台灣の女流恋愛小説家の瓊瑤(チョン・ヤオ:1938年4月20日-)が、1969年に出版した同名の小説を基に製作されたもので、小説の中では、この物語は、1939年の事として書かれています。


  映画「庭院深深」のあらすじ


 この物語は、女教師の方(パン)先生が、ある村里の小学校に赴任するところから始まります。

 その小学校で、膝を擦りむいた10歳になる女子児童の亭亭(ティンティン)を自宅まで送り届けたことから、方(パン)先生は、亭亭(ティンティン)の家庭教師として、その家に住み込むことになります。

 亭亭(ティンティン)の家は大邸宅で、そこには盲目の父親の柏 霈文(パイ ペイウェン)とその後妻で酒浸りの愛琳(アイリン)とが住んでいます。


 先妻の含煙(ハンエン)は、夫の霈文(ペイウェン)が彼の親友である高 立德(カオ リーテェァ)と彼女との仲を疑ったことから、亭亭(ティンティン)を出産後、川に身を投げて行方不明になっています。


 後に、含煙(ハンエン)の日記を読んで疑いが間違いであったことを知り、自責の念に駆られた霈文(ペイウェン)は、彼女の魂を呼び戻そうとして、林の中の奥深い庭園にある彼女の名を付した「含煙山荘」でロウソクを灯していて、火事を起こして失明しています。


 そのような過去への回想を織り交ぜながら物語は展開してゆきます。


 最後のシーンでは、視聴者それぞれに単純にハッピーエンドとも取れますし、その後の成り行きに一抹の不安や期待を抱くこともできる余韻のある作品に仕上がっています。


 この映画は、それらの人々が織りなすサスペンス調の愛情物語です。


《庭院深深》(You Can't Tell Him,1971): 含煙山莊的哥德式廢墟電影,改編自瓊瑤小說《庭院深深》,楊群和歸亞蕾主演,最早期《庭院深深》電影版本


 この映画の主題歌「庭院深深」は、原作者の瓊瑤が書いた詞に台灣の著名な音楽家の劉家昌(1940年4月13日—)が曲を付けたものです。


 小説や映画の題でもある「庭院深深」とは、「庭が奥深い」或いは「庭がひっそりとして静か」なさまを表わす詩語ですが、原作のイメージから推測すると、多分、北宋時代の詞人欧陽 脩(おうよう しゅう:1007年8月6日 -1072年9月8日)が詠んだ詞《蝶戀花》の中の一句「庭院深深深幾許(庭院 深深として  深きこと 幾許〔いくばく〕ぞ)」を踏まえたものと思います。
 なお、「庭院」の「庭」は「前庭」、「院」は「中庭」の意で、古来支那の庭園は日本の庭園のように開放的なものではなく、塀でいくつもの趣の異なる小庭に区切られており、その塀に設けられた門をくぐって奥の方へ行く仕組みになっています。
 「庭院」の奥の方は見通せないことを理解しておくと、「庭院深深」の実感がわきます。


 また、歌詞中のキーワードとなっている「不如歸去」の句は、今から2300年ほど前の先秦時代にあった蜀(秦以前にあった古蜀)の帝王で「望帝」と呼ばれた杜宇という男の次のような故事に由来します。


  「不如歸去」の故事


 望帝杜宇は晩年、長江の氾濫を治めるのを得意とする男に帝位を譲り、自らは山中の別荘に隠棲しました。

 望帝杜宇の霊魂は死後、ホトトギス(杜鵑)に化身し、農耕を始める季節が来るとそれを民に告げるため、領地の大空を舞いながら鋭く鳴くようになったと言われています。

 また後に蜀が秦によって滅ぼされて、山荘に帰れなくなった杜宇の化身のホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去〔ゆ〕くに如かず= 帰りたい)と泣きながら血を吐いたと言われています。

 爾来、ホトトギスのくちばしが赤いのはそのためだ、と言われるようになり、またその鳴き声の「不如帰去」はホトトギスの別名とされています。

 なお、「不如帰去」は、現代漢語の発音では「ブー ルー グェイ チュ」となりホトトギスの泣き声とそれほど似ているとも言えませんが、2000年以上前の古漢語の発音ではよく似ていたのであろうと考えます。

 その理由は、日本語の漢音読みは約1200年前の長安音を音写したものですが、それを使うと「不如~、不如帰去」は「フ~ジョ~、フジョキキョ」となり、現代漢語の発音よりもホトトギスの鳴き声により近く聞こえるからです。


ホトトギス


 今回は、歸亞蕾の原唱版と蔡琴のカバー版とをご紹介します。
 なお、歌詞はほぼ物語の内容に沿ったものであり、林の中で「不如帰去(帰りたい)」と啼く杜鵑が、方(パン)先生(その実は、含煙〔ハンエン〕)の心情を代弁しています。



 庭院深深
 庭は深く
                作曲:劉家昌 作詞:瓊瑤
多少的往事 已難追憶
多少的恩怨 已隨風而逝
兩個世間 幾許癡迷
幾載的離散 欲訴相思
這天上人間 可能再聚
聽那杜鵑 在林中輕啼
不如歸去 不如歸去
啊啊啊啊 不如歸去

多くの出来事は 既に思い出し難くなってしまった
多くの恩や恨みは 既に風に任せて飛び去ってしまった
2つの世界に別れていて どれほど夢中になれるものがあるのだろうか
何年もの別離の間 あなたへの思いを打ち明けたいと思っていた
例え天上と下界に別れていても いつかまた集まることは出来るはず
あのホトトギスの声に耳を澄ますと 林の中でそっと啼いている
「帰りたい」 「帰りたい」
あ~~~ 「帰りたい」と…



【歸亞蕾の原唱版】

庭院深深(1971年)~原唱(歸亞蕾)



【蔡琴のカバー版】

Tsai Chin / Cai Qin / 蔡琴 庭院深深