伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

涼州詞を考える

                快樂讀唐詩-唐詩五 涼州詞 - YouTube


 涼州詞は、楽譜題と言われるもので、元々、涼州詞と言う楽曲があり、その曲に合わせて、詩詞を作ったものです。


 現在、その楽曲は全て失われており、どのようなものであったかは分かっていませんが、凡そ、上掲のYou Tubeのようなものであったと考えられます。


 多くの詩人が、涼州詞を作っていますが、ここでは、日本で最もよく知られている盛唐の詩人王翰の作を取り上げます。


 なお、涼州とは、支那の西北シルクロード上の要衝にある地域で、そこから更に北の砂漠から侵入する匈奴を撃退するため、万里の長城を築いて多くの兵隊を派遣していた地域です。


  涼州詞   王翰


 葡萄の美酒 夜光の杯、
 飲まむと欲すれば 琵琶馬上に催(もよほ)す。
 酔(ゑ)ひて沙場(さじょう)に臥(ふ)すも 君 笑(わら)ふことなかれ、
 古来 征戦 幾人か回(かへ)る。


 起句の「葡萄の美酒 夜光の杯」とある、葡萄の美酒とはワインのことで、夜光の杯とは夜でも光る白玉或いはガラス製のグラスのことです。
 いずれも西域の中東又はヨーロッパからもたらされた物で、これが日本に伝わっていたとしたなら、正倉院の御物になるほどの高級品です。
 シルクロードを通して涼州では比較的入手しやすかったのかもしれませんが、一般の兵卒が手にできるようなものではなく、ここで、酒盛りをしようとしているのは、高級将校であることが分かります。


 承句の「飲まんと欲すれば 琵琶馬上に催(もよお)す。」の内容は、日本では、「飲もうとしていると、馬上で琵琶をかき鳴らす者がいて、飲め飲めと促すように興を添える。」といった意味に解釈しているものが殆どですが、興を添えるのであれば、馬の上に乗っているのでは如何にも不自然であり、これが長年の疑問でした。
 下掲の画像は、中華民国の詩人であり文人でもあった故朱自清が指導した唐詩三百首の解説です。
 此の解説によると、琵琶の声音は、興を添えるためのものではなく、「急いで出動せよ。」と命じる信号で、進軍ラッパのような使われ方がされていたように解説されています。
 この解釈により、長年の疑問は氷解したのであります。


 次に、場面・発想を転換する転句の「酔いて沙場(さじょう)に臥すも 君笑うことなかれ。」にある、沙場とは直訳すれば砂漠のことですが、長城付近の砂漠で戦うことが多かったため、戦場と同義語になっていました。
 当時の戦法は、先ず弩(大弓)や弓により大量の矢を射かけることから始まりました。
 従って、酔おうが酔うまいが、一兵卒であれば矢を避けるため、戦場に臥しても何も笑うほどのことではありません。
 指揮官となるような高級将校であれば馬上で毅然としているべきであり、酔った振りをして戦場に臥すのが臆病な行為として笑いものになったのでしょう。


 結句の「古来征戦 幾人か回る。」に、この詩全体の真意が含まれています。 
 「指揮官であっても人の子、昔から戦に出て無事帰還したものなど幾人もいないのだから、命が惜しくて戦場に倒れ込むくらいなことは許してくれ。」という、辺砦の防人の無限の悲嘆を表現しているのであります。
 だからこそ、この詩が古今の絶唱とされているのであります。


 決して、一杯機嫌の気楽な詩ではありません。



  (蘅塘退士選「唐詩三百首」から引用)


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