伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

第3話:チャールズ・ブロンソンの時計の真相


 20年ほど前に、東京駅発の新幹線の中で、大林宣彦監督に出会ったことがあります。


 私が、東京駅で仙台行きの新幹線の指定席に座っていたところ、発車間際に大林監督が、数人のスタッフを引き連れて隣の三人掛けのシートにどやどやと乗り込んできました。


 仲間内の世間話が始まりましたが、仙台までは時間もあるので、話が途切れたら、
チャールズ・ブロンソンの時計のことでも聞いてみようかと思いましたが、何と、彼らは、次の上野駅で降りてしまいました。


 東京から上野まで僅か一駅、指定席券を買う時間やホームや階段を歩く時間などを考慮すると、山手線の電車に乗った方が遥かに早いと思いますが、有名人の考えることは分かりません。


 かくして、監督から直接話を聞く機会は逸しましたが、その後、ある人から監督の談話を聞き及びましたので、以下、ご紹介します。


 なお、その内容は、あくまでも伝聞のため、真偽の程は定かではありませんので、ご了承ください。

 【大林宣彦談『チャールズ・ブロンソン』の思い出要旨】


 「マンダムのCMの撮影が、予定より遅れてしまった。あと3カットで終わるというときに、時間は1時間しか残っていない。1カットにだいたい1時間かかるので、2時間オーバーする見込みだった。しかし、相手はハリウッド・スターなので、契約上、時間の延長は不可能だった。

 僕は『時間がないのだから、適当にアップして出来上がり分だけで編集しよう』ということも考えたけど、実はそのアップは、特殊なことをやろうと楽しみにしていた重要なカット。職人気質のカメラマンが『それを撮らないくらいなら、俺は今すぐ日本に帰る』と言い出して、ほとほと困ってしまった。

 そうなると、もう監督の僕がチャールズ・ブロンソンに直接お願いするしかない。『チャーリー、契約時間はあと1時間で終わるけれど、カメラマンがどうしてももう1時間(さすがに2時間とは言えなかった)欲しいと言っているんだ』とお願いした。すると彼は腕時計を弄りながら『う〜ん、ちょっと待ってくれ』と言った。そして、奥さんのジル・アイアランドへ電話を掛け『すまん、良い仕事になりそうだから、日本から来た彼らに1時間をプレゼントしようと思うんだ。少し遅くなるが、待っててくれ』と言って電話を切った。どうやら二人で夕食に出かける約束をしていたようだった。

 しかし、それで問題が解決したわけじゃない。足りない時間は2時間で、もらった時間は1時間。そこでスタジオへ戻って、スタッフにこう言った。『ブロンソンにお願いしたら、彼は時計の針を1時間巻き戻して“君の時計は何時だい?僕の時計はまだ○時だよ”と言ってくれた』と。

 これはもちろん僕の作り話なんだけど、みんな涙を流さんばかりに感動した。なにせ当時、ハリウッドのスターがただで時間をくれるなんて考えられなかったから。それでみんなブロンソンの心意気に感じて、本来なら3カット3時間かかるところをぴったり2時間で撮り上げた。

 後にブロンソンがハリウッドの大御所になって、彼の自伝が出る時に、その素案を書くライターがホリプロの堀プロデューサーからこの話を聞いたらしい。ところが堀さんは僕の作り話に騙された1人だったので、あのブロンソンの時計の話が、そのまま自伝に載ってしまった。

 まあ、僕が師と仰ぐジョン・フォードの映画の中に「人々が伝説を信じ始めたら、我々は伝説を選ぶべきだ」という名台詞もあるので、それはそれで悪くないけどね。」


 筆者注:

1 ブロンソンの時計の話が、作り話だとしても、ハリウッドのトップ

 スターが撮影時間を一時間無料で延長したのは事実であり、決して、

 ブロンソンの伝説の価値を貶めるものではありません。

2 この話の内容から、時間延長したのは、モニュメント・バレーでは

 なくハリウッドのスタジオのようであります。

3 「ジョン・フォードの映画の中の名台詞」については、次回の記事

 でご説明します。


マンダム CM (1970年) チャールズ・ブロンソン 男の世界


    ・・・第4話へ続く・・・