伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

第4話:伝説は伝説のままに…

  【リバティ・バランスを射った男】


 前回の記事で、大林監督が引用した「人々が伝説を信じ始めたら、我々は伝説を選ぶべきだ」という台詞は、ジョン・フォードが監督した映画の「リバティ・バランスを射った男(The Man Who Shot Liberty Valance)」の中にあります。


 この映画のあらすじは、次のとおりです。
 なお、この映画はジェームズ・ステュアートとジョン・ウェインに二人によるダブル主演となっており、ジェームズ・ステュアートが弁護士から上院議員に出世した恩知らずのランス・ストッダート役を、ジョン・ウェインがお人好しで薄幸の人生を閉じた牧場主のトム・ドニファン役を演じています。

 昔、西部のある田舎町を暴力で牛耳る無法者のリバティ・バランスと正々堂々の決闘をして射った男として名声を得て、その後、上院議員になり副大統領候補にまで登りつめて、社会的地位や莫大な富を得た男ランス・ストッダートが、何十年ぶりかで、妻のハリーを連れてこの田舎町を訪れ、困窮の果てに棺も買えずに死亡した元牧場主トム・ドニファンの葬儀に参列します。


 たまたまそこに居合わせて、この高名な上院議員と死んだ貧乏人との関係に興味を持った新聞記者の取材に答えて上院議員が真相の告白を始めます。


 「実は、自分は、決闘当時、法律学校を出たばかりの弁護士で、銃など殆ど持ったことがなかった。」


 「成り行き上、止むを得ず決闘が始まり、自分が、リバティー・バランスに腕を撃たれて絶対絶命の時に、倒れたのはリバティー・バランスの方だった。実は、自分の射撃と同時に、それまで、いつも自分の危機を救ってくれていたこの元牧場主が、物陰からリバティー・バランスを撃ったのだ。」


 「そのことを知ったのは、『人を殺してしまった自分にはもはや法律家の資格はない』と悲観して町を去ろうとしている時に、この牧場主から聞かされた。それで、自分は立ち直ることができたのだ。」

(筆者注:この牧場主の自分が撃ったとする証言は、弁護士を立ち直らせるための方便の可能性もあります。実際には、弁護士の撃った弾がまぐれでリバティー・バランスに当たったのかもしれません。一体誰が本当に「リバティ・バランスを射った男」なのか、牧場主が死亡した今となってはその真実は藪の中で、そこに深い意味があり、それがこの映画の題名にもなっています。)


 「その決闘で人殺しとして社会的信用を失うこともなく、それどころか一躍英雄になった自分は、名声や富だけでなく、命の恩人であるこの牧場主の恋人ハリーの心までも手に入れて妻にした。」


 「所得格差をなくすために自分が作った法律により、この牧場主は牧場を手放すことになったが、それも止むを得ないことだ。」


 「その後、自分は秘密を守るため、この牧場主とは一度もあっていない。」


 以上のような回想が半ば自嘲気味に半ば自慢げに延々と続きます。 


 漸く話が尽きた時に、新聞記者が、この上院議員からそれまで聞いて書き続けてきた原稿を、何も言わずに引き破りストーブに叩き込んで立ち去ろうとします。


 すると、その上院議員が訝しげに訊ねます。

「これほどの話を記事にしないのか?」と、


 記者が、振り向いて答えます。

「いいえ閣下。ここは西部です、閣下。伝説が現実となっているときには、伝説の方を記事にして印刷するのです。」と。


 伝説が、既に多くの人々の間で信じられて現実の美談となっているときに、このような恩知らずな男の話したことが例え真実であったとしても、それを記事にしたところで、この男の社会的地位を失墜させるだけのことで、不遇のうちに死んだお人好しの牧場主にとっても、伝説を信じている人々にとっても、何ら得るものはありません。


 「伝説は伝説のままに信じられているからこそ美しくもあり、気高くもあり、人々の心の中に良き思い出として永遠に残る」というのが、この新聞記者の台詞を通して、巨匠ジョン・フォードが主張したかったことなのでありましょう。


 本日、時の記念日、貴方は「チャールズ・ブロンソンの時計」の伝説を信じますか?


Jerry Wallace (ジェリー・ウォレス) ''Mandom''   Lovers Of The World


・・・永遠のスーパースター、チャールズ・ブロンソン4部作完・・・