伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

家宝の壺

 【生活に困ったら、この壺を売りなさい】


 3年前に、群馬県の古道具屋で、壺を1個買い求めて家宝にしました。


 高さ50㎝、胴の直径が33㎝の堂々たる大壺です。
 ふっくらした胴体の表面には釉がどっぷりと掛けられており、更に虫除け黴除けの為に塗られていた漆喰のはげ残った部分が霜降りのような景色になっています。


 産地は、景徳鎮窯か竜泉窯か定かではありませんが、壺の中身を保護するため漆喰による防腐処理をしていることから日本製でないことだけは確かです。


 私は、清水の舞台から飛び降りる心境で、店主の言い値のままで購入しました。


 その後、伊賀に持ち帰り、骨董品に何の興味も持たぬ山の神に見せてやりました。


 予想通り、山の神の反応は冷ややかなものでした。
 「何~、その汚い土器は~」


 この山の神には、世界遺産を保護するとか、人類の文化財を尊重するとかの殊勝な心がけなどは、微塵もありません。


 私は、居住まいを正して厳かに言い渡しました。
 『これは、我が家の家宝として手に入れたものである。床の間に飾って大切にしておきなさい。そして、私に万一のことがあって、生活に困るようなことが起きたら、この壺を売りなさい。』


 芸術性よりも損得勘定に敏感な山の神が訊ねます。
 「ふ~ん、それでその壺一体いくらするの?」
 『ずばり、五百。』


 「え~っ!! ごっ、五っ、ごっ、五百万え~ん!!』
 『いや、もう少し下だ。」


 「?、五百千円て~ことはないし、何~、ただの五百円??」
 『如何にも…』


 「そんな物で、一体何日食べてゆけるのよ~!?」
 『カップ麺なら3食くらいは… それよりも、この壺でも、千年持っていれば、家宝どころか国宝に指定され~・・・』


 「アホかっ!!」



 ”燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志(こころざし)を知らんや”


 古来、ツバメやスズメのような小人物には、オオトリやコウノトリのような大人物の崇高な考えや志などは理解できないものなのです。


 後で、調べてみたところ、この壺は紹興酒を輸入するときの容器のようです。
 酒が24リットル入っていて2万円弱ですが、酒を飲み終わった後の壺は、空き瓶同様ただのゴミとして捨てられることが多いようです。


 かくして、家宝の壺は、我が家の床の間に鎮座することなく、山の神による破壊や廃棄などの祟りを避けるため、私の事務所の玄関先で悠久の時の流れに身を任せています。


 千年後の国宝指定を夢見て・・・