伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居する隠者の戯言です。

情人的眼淚


 春は、出会いの季節でもあり、別れの季節でもあります。


 「情人的眼淚」は、1958年当時の英領香港で発表された楽曲です。
 春になって花咲く季節の男女の別れを詠ったものです。


 作曲は当時41歳の姚敏、作詩は当時51歳の陳蝶衣、この中年コンビが軽快な洋風のメロディーに乗せて、涙にくれる乙女心を見事に綴っています。 

 なお、詩中で男の言う「再会」とは一般的には二度と会えない相手に言う「さようなら」の意ですが、文字通り、「もう一度会いたい」という意味にとることもできます。
 従って、この歌詞は普通に読むと失恋の歌ですが、旅に出る男との再会を約束する歌とも取れます。
 
 蔡幸娟小姐の演唱では、この曲の「好春才來…」以下を2回歌っていますが、1回目は別れの寂しさを、2回目は再会への期待を情感豊かに歌い分けています。
 卓越した歌唱力をご清聴ください。
 
 情人的眼淚(恋人の涙)
           作詞:陳蝶衣   作曲:姚敏


為什麼要對你掉眼淚    (貴方に会うとどうして涙が落ちるのか)
你難道不明白是為了愛   (まさかそれが愛のせいだとは、貴方は分かっていないのね)
只有那有情人眼淚最珍貴  (ただかけがえのない恋人の涙が有るだけなのよ)
一顆顆眼淚都是愛     (一つ一つの涙はすべて愛)
都是愛          (すべてが愛なのよ)


為什麼要對你掉眼淚    (貴方に会うとどうして涙が落ちるのか)
你難道不明白是為了愛   (まさかそれが愛のせいだとは、貴方は分かっていないのね)
要不是有情人跟我要分開  (もしも恋人が私と離れ離れになることさえなければ)
我眼淚不會掉下來     (私の涙は落ちたりしない)
掉下來          (落ちたりなんかしないわ)


(以下を繰り返す)
好春才來 春花正開      (素敵な春がやって来て、春の花が咲き誇っているのに)
你怎捨得說再會        (どうしてあなたは「さようなら」を言えるの)
我在深閨 望穿秋水      (私は奥の寝室で、待ち焦がれているわ)
你不要忘了我情深       (どうか忘れないで私の愛が深いことを)
深如海         (海のように深いことを)


為什麼要對你掉眼淚      (貴方に会うとどうして涙が落ちるのか)
你難道不明白是為了愛     (まさかそれが愛のせいだとは、貴方は分かっていないのね)
要不是有情人跟我要分開    (もしも恋人が私と離れ離れになることさえなければ)
我眼淚不會掉下來    (私の涙は落ちたりしない)
掉下來         (落ちたりなんかしないわ)




蔡幸娟_情人的眼淚(200506)


 春愁
寂寂雨潤花
春愁將斷魂
遙想別離情
擔心獨倚門


伊賀山今天又雨也。

夜來香

 【夜來香(イエライシャン)】

 「夜來香(イエライシャン)」とは、キョウチクトウ科(旧ガガイモ科)の花の一つ、学名テロスマの漢語名です。
 ユリに似た上品な香りが夜になるとひと際強くなるので、この名が付けられています。
 日本名は「東京葛(トンキンカズラ)」、英名では「Tonkin jasmine(トンキンジャスミン、東京茉莉)」と言います。
 東京(トンキン)とは、この花の原産地を意味し、日本の東京ではなく、嘗ての仏領印度支那のトンキン、現在のベトナムのハノイのことです。


 この花に因んだ歌曲「夜來香」は、戦時中の1944年(中華民國33年)に湖南省出身の黎錦光(レイ キンコウ)が作詞作曲し、李香蘭(リ コウラン又はリ シャンラン、本名:山口淑子)の歌唱により上海の百代唱片公司から発売された北京語の歌謡曲です。
 当時、満洲映画協会のスターであった李香蘭の名とともに歌は広がり、支那や満州など大陸各地で人気を博しましたが、戦後は中華民國の国情とは合わず廃れてしまい、中共の支配する大陸では反革命的として聴くことも歌うことも禁止されてしまいました。
 ところが、何十年もの長い時間を経て、「夜来香」の花の上品で甘い香りに寄せた情緒纏綿(じょうちょてんめん)としたこの歌は、鄧麗君(テレサ・テン)の歌声で復活しました。
 その後、中共でも解禁され、今や全世界の華人に好んで歌われるチャイニーズ・メロディーの代表曲となっています。


 この歌詞は、芳しい香りを漂よわせる「夜來香」への思いを詠う内容ですが、勿論、「夜來香」とは、作者が思いを寄せる女人に見立てたものです。


 この楽曲は、実に多くの歌手がカバーしているため選択に迷うところですが、今回は蔡幸娟小姐の演唱でご紹介します。

筆者注:

 日本では、キョウチクトウ科のテロスマ(夜來香=トンキンカズラ)の他、夜に強く香りがすることからリュウゼツラン科のチューベローズ(月下香)や ナス科のケストルム(夜香木)なども「夜来香」と名付けて花屋の店先に並ぶことがありますが、これは誤用です。

 本物の「夜來香」は、キョウチクトウ科のテロスマだけです。


 夜來香(イエライシャン)
                 作詞・作曲 黎錦光
那南風吹來清涼   (南風吹き来たりて涼しく) 
那夜鶯啼聲輕唱   (ヨナキツグミは声も軽やかに唄う)
月下的花兒都入夢  (月明かりの下で花々は夢に入り)
只有那夜來香    (ただイエライシャンのみがそこに有りて)
吐露著芬芳     (芳しき香りを漏らし漂よわす)
我愛這夜色茫茫   (我は夜の気配の果てなく広がるを愛し)
也愛著夜鶯歌唱   (また、ヨナキツグミの歌声も愛す)
更愛那花一般的夢  (更に愛するはその花の見る普通の夢)
擁抱著夜來香    (イエライシャンを抱擁し)
吻著夜來香     (イエライシャンに口吻ける)
夜來香 我為你歌唱 (イエライシャン 君がために歌う)
夜來香 我為你思量 (イエライシャン 君がために想う)
啊… 我為你歌唱 我為你思量 (ああ… 君がために歌い 君がために想う)
夜來香 夜來香 夜來香    (イエライシャン イエライシャン イエライシャン)


筆者注:

 「夜鶯」とは、「ヨナキツグミ」のことで、夜中に鳴く鳥の一種ですが、西洋の「ナイチンゲール」とは別の鳥です。

 漢詩では、「夜鶯(ヤオウ)」あるいは「夜なき鶯(ヨなきウグイス)」と訓読します。



蔡幸娟_夜來香(200605)


グレープフルーツ

【伊賀山人の庭の一隅で育つグレープフルーツの木(去年の蝉の抜け殻付き)】


 グレープフルーツは、英語名でgrapefruit(ブドウの果物)、漢語名で葡萄柚(ブドウのブンタン)、亜熱帯を原産とする柑橘類の1種です。
 その名は、木が成長して果実ができると、ブドウ(grape)の房のように鈴なりになることから名づけられました。


 昨年、この苗木を1本買ってきて、庭の片隅に植樹しました。
 成長の遅い木ですが、現在樹高1メートル、去年の2倍くらいにはなっています。
 
 当然ながら、未だ花も実もつきません。
 ものの本によると、花が咲くまで早くて4年、遅ければ10年以上の歳月が必要なようです。


 伊賀山人が、生きてこの葡萄柚の花を見ることができるのかどうか、大部分の諦観と微かな期待を込めて、1首賦してみました。(擬柳宗元之柳州城西北隅種柑樹)


 
 【白文】
山居庭西南隅種葡萄柚

 手種黄柚唯一株,
 春來新葉遍庭隅。
 方同仙女憐皇樹,
 不學呉李利木奴。
 幾歳開花聞噴雪,
 何人摘實見垂珠。
 若教坐待收穫日, 
 滋味還堪養老夫。


【読み下し文】
山居の庭の西南隅(せいなんぐう)に葡萄柚(ぶどうゆう)を種(う)う

手ずから種(う)う 黄柚(こうゆう)の唯だ一株(ひとかぶ),
春來(しゅんらい) 新葉(しんよう) 庭の隅に遍(あまね)し。
方(まさ)に仙女の皇樹(こうじゅ)を憐れむに同じきも,
呉の李の木奴(ぼくど) に利するを學ぶにあらず。
幾(いづ)れの歳か 花を開きて 雪の噴(ふ)くことを聞き,
何人(なんぴと)か 實(み)を摘(つ)みて 珠(たま)の垂るるを見る。
若(も)し 收穫の日を 坐して待 たしむれば,
滋味は 還(ま)た老夫を養うに 堪(た)へん。


【和訳】
山居の庭の西南の隅にグレープフルーツを植えた

手ずからたった一株のグレープフルーツの苗を植えてみたら、
春には、若葉が庭の隅にまで広がる。
仙女が、南国に生ずる香り高い嘉樹である蜜柑を愛でる気持ちと同じであって、
呉の太守李衡が、将来の利益を目論んで蜜柑を植えたことを真似たのではない。
何年か後に花が開き、雪が舞うような白い花の匂いを嗅ぎ、
誰かが、実を摘みながら真珠のように美しく垂れ下がった房を見るのだろうか。
もし、収穫の日まで生き延びて待つことができるのであれば、
グレープフルーツの滋味は、年老いた自分を十分楽しませることができるだろう。