伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

当ブログのアクセス数が10万を超えました。

 【2018.8.21現在のアクセス数】


 2015年9月5日に当ブログ「伊賀の徒然草」を開設以来3年を経て、先程アクセス数が10万を超えました。
 アクセスは、記事を掲載した日には300を超えることもありますが、押しなべて1日平均100アクセスです。


 アクセスで特徴的なのは、スマホの読者が少なくパソコン読者が7割を占めることです。


 当ブログには10分くらいで書き上げるお手軽記事もありますが、殆どは資料をひも解き典拠を確認するため、1記事を書きあげるのに数時間を要します。
 そのため、完成した記事には甚だ難解なものが多くスマホでは読みにくいことが、パソコン読者の多い原因と考えられます。


 何れにしろ、優れた読解力をお持ちの1日100人の読者各位には、この場を借りて深甚なる敬意を表します。


 近日中に、愛読者謝恩企画を発表しますので、ご期待ください。 伊賀山人敬白



迢迢牽牛星(迢迢たる牽牛星)


 本日は、旧暦7月7日で日本の国立天文台が定める「伝統的七夕の日」です。
 七夕(たなばた)の日における織女と牽牛の伝説が、いつ始まったかについてはよく分かっていませんが、南朝梁の昭明太子によって編纂された詩文集『文選(もんぜん)』の中に収録されている漢の時代(今から約2000年前)に詠まれた「古詩十九首」が文献としては伝説の初出とされています。


 「古詩十九首」とは、19首の五言詩の総称で、各詩は詩題も作者も不明ですので、便宜上各詩の初句をもって詩題とし、作者は「無名氏(むめいし)」又は「佚名氏(いつめいし)」と表記されているものです。


 七夕伝説について書かれているのは、「古詩十九首」の「其の十」で、「迢迢牽牛星(ちょうちょうたるけんぎゅうせい)」と呼ばれている詩です。


 この詩の中では、牽牛と織女とが天の川を挟んで見つめ合う姿が詠じられていますが、七夕の夜に再会することまでは言及されていません。
 2000年前のこの当時、年に一度の逢瀬の伝説があったかどうかについては不明です。


 七夕伝説は、長い年月の間に他の神話や民話その他の習俗と融合して、国や地域ごとに独自の変化を遂げていますが、その原典となった「迢迢牽牛星(ちょうちょうたるけんぎゅうせい)」を、伝統的七夕の日に因み、全文を掲載して読者各位のご参考に呈します。



【白文】
古詩十九首其十 (迢迢牽牛星)


迢迢牽牛星,皎皎河漢女。
纖纖擢素手,札札弄機杼。
終日不成章,泣涕零如雨;
河漢清且淺,相去復幾許!
盈盈一水間,脈脈不得語。



【訓読文】
古詩十九首其の十(迢迢たる牽牛星)


迢迢(ちょうちょう)たる牽牛星(けんぎゅうせい)、
皎皎(こうこう)たる河漢(かかん)の女(じょ)。
纖纖(せんせん)として素手(そしゅ)を擢(あ)げ、
札札(さつさつ)として機抒(きちょ)を弄(ろう)す。
終日(しゅうじつ)章(しょう)を成さず、
泣涕(きゅうてい)零(お)つること雨の如し;
河漢(かかん)は清く且(か)つ浅し、
相去(あいさ)ること復(ま)た幾許(いくばく)ぞ!
盈盈(えいえい)たる一水(いっすい)の間、
脈脈(みゃくみゃく)として語るを得ず。



【口語訳】
古詩十九首其の十(遥か遠くの空に輝く牽牛星)


遥か遠くの空に輝く牽牛星、
白く清らかな光を放つ天の川の織女星。
しなやかでほっそりした手を抜き出して、
サッサッと機織りの横糸を通している。
しかし、一日中織っていても綾模様は出来上がらず、
牽牛との別れを悲しんで涙は雨のように落ちている。
天の川は清く澄んでいるうえに浅く、
牽牛とそれほど遠く離れているわけでもない!
それなのに、まるで水の満ち溢れる大河に隔てられたように、
じっと見つめ合うだけで、言葉を交わすこともできないとは。


Moon River(ムーン・リバー:月亮河)

 【映画『ティファニーで朝食を』のオープニング・シーン】


 『ムーン・リバー』(Moon River)は、1961年10月5日に公開されたアメリカ映画「ティファニーで朝食を」(Breakfast at Tiffany's)の主題歌となった楽曲です。
 映画の題に見える「ティファニー」は、世界的に有名なアメリカの宝飾店で、朝食を食べるような場所は有りませんでしたが、冒頭の画像のように、この店の前でホリーという名の女主人公が朝食を食べることから名づけられたものです。
 2017年になって、ティファ二―の店内に軽食コーナーが作られたようですが、この映画公開から56年も後の事であり、映画の影響を受けたわけではないでしょう。


 蛇足ながら、映画の題名に見える「Tiffany's」とは「Tiffany」の所有格ですので、「Breakfast at Tiffany's」を厳密に訳すと「ティファニーの所有する物件での朝食」ということになります。ティファニーに飲食する場所はありませんので、「物件」とは当然ながらティファニーの軒先或いは敷地を意味しており店内のことではありません。


 この楽曲は、ジョニー・マーサー (Johnny Mercer、1909年11月18日 – 1976年6月25日)の作詞にヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini、1924年4月16日 - 1994年6月14日)が曲を付けたもので、元々は、主演女優のオードリー・ヘプバーン(英国人: Audrey Hepburn、1929年5月4日 - 1993年1月20日)の演ずるホリーが劇中で歌を歌うシーンのために作られたもので、映画のストーリーとは直接の関係はない楽曲です。


 作詞・作曲した二人は、日ごろ敬愛するヘプバーンの為ならと腕によりをかけて作ったことから非常に優れた楽曲が出来上がりました。
 そのため、劇中歌だけでなく映画のオープニングではマンシーニ楽団の器楽演奏、エンディングではそれに混声合唱を加えたものが収録されて、結果的に主題歌となったものです。


 ヘプバーンは、それほど歌の上手い女優ではなかったので、他の映画の中で演唱するシーンの殆どはプロの歌手による吹き替えが行われていましたが、「ムーン・リバー」だけは彼女自身余程気に入っていたようで、この映画では珍しく本人が自らギターを爪弾きながら演唱しています。
 その素朴な歌い方が、却ってこの映画に、吹き替えでは得られない現実感を与えています。


 ところが、このヘプバーンの演唱シーンは、映画完成後のロサンゼルスでの試写会で、カットされる危機に晒されたことがあります。
 試写会後、パラマウント映画の社長に就任したばかりのマーチン・ラッキンは、この歌は、ストーリーの展開と関係ないからカットしたほうが良いと提案しました。その本心は、ヘプバーンの歌が下手であると言うことだったのかもしれません。


 その時のヘプバーンの反応については、同席したマンシーニやその他の人々がほぼ同様に次のような証言をしています。


 「その時、オードリーは血相を変えて立ち上がり『 "Over my dead body!" (私の死体を乗り越えてからにしなさい!)』というような意味のことを、もっと下品な言葉で捲くし立てた。」


 その剣幕に圧倒された社長が引き下がり、ヘプバーンの劇中歌は、映画封切時から無事日の目を見ることになりました。


 この楽曲「ムーンリバー」は、1961年映画公開とほぼ同時にサウンドトラックのLP盤とシングル盤とが発売されて大ヒットとなり、翌年ノミネートされた1961年度のアカデミー歌曲賞とグラミー賞の最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞の3部門を受賞しています。
 しかしながら、このレコードの録音は、映画撮影に先行して1960年12月8日に行われていたため器楽演奏版と混声合唱版だけで、映画撮影中に歌ったペプバーン自身の歌唱は入っていません。


 歌唱としては、1962年にアンディ・ウィリアムス( Howard Andrew Williams、1927年12月3日 - 2012年9月25日)が彼自身のアルバムに収録して発表したカバー版の方が大ヒットとなって広く世の中に知られています。
 そのアンディ・ウィリアムス自身が後に「この歌には意味がよく分からないところがある」と語っているように、歌詞は非常に抽象的で分かりにくいものです。


 作詞したジョニー・マーサーはアメリカ南部のジョージア州サヴァンナの出身ですが、この映画の中で演唱するオードリー演ずる主人公のホリーが南部出身という設定であったことから、自分が生まれ育った南部での少年時代の思い出を歌詞に盛り込んだと生前語っています。


 詞題の「ムーンリバー(月の河)」とは、架空の河の名ですが、作詞者のジョニー・マーサーの故郷ジョージア州サヴァンナの自宅の傍を流れる「バックリバー(Back River)」をイメージしたものです。
 後にこの「バックリバー」は、この楽曲のヒットに因んで、河川名称を「ムーンリバー」に変更しています。


 この詞では、ムーンリバーを擬人化して、幼馴染の親友と見做して書き上げています。


 詞中に見える「ハックルベリー・フレンド」とは、直訳すると「コケモモの友達」ということになりますが、ここではマーク・トゥエインの小説「トム・ソーヤーの冒険」に出てくるトムの親友ハックルベリー・フィンに因んだ慣用句で「冒険心に富む友達」を意味してムーンリバーのことを指しています。なお、ジョニー・マーサーは、子供の頃コケモモの実を摘んで遊んだことを想い出して、この詞語を使うことにしたと述べています。


 「レインボーズ・エンド(虹の終わり)」も分かりにくい表現ですが、古来欧米では虹の端には宝物があると信じられており、「幸福になる」とか「夢が叶う」とかの意で使われる慣用句です。


 今回は、映画「ティファニーで朝食を」の中のペプバーンの原唱でご紹介します。
 動画では、前半がペプバーンのブルース調の演唱で、後半はダンス場面に合わせてチャチャチャ風にアレンジした器楽演奏になっています。


 この英語歌詞は甚だ難解なものですので、和訳も漢訳も伊賀流得意の大胆な意訳です。



 Moon River
 ムーン・リバー
 月亮河


Moon river, wider than a mile
I'm crossing you in style some day
Oh, dream maker, you heart breaker
Wherever you're going, I'm going your way

ムーン・リバー、その幅は1マイルよりも広い
いつか私は、あなた(擬人化したムーン・リバーの意)を堂々と渡ってみせる
お~ 私に夢をくれるあなたは、私の心を打ち砕いたりもする
あなたがどこへ行こうとも、私は一緒について行く

月亮河,寬不過一英里
總有一天我會優雅地遇見你
噢! 你是織人之夢者,你亦是碎人之心者
無論你將去何方,我都會追隨著你


Two drifters, off to see the world
There's such a lot of world to see
We're after the same rainbow's end, waiting round the bend
My huckleberry friend, Moon River, and me

あなたと私、ふたりの放浪者となって、世界中を見物に出かける
そこにはたくさんの見るべき場所があるから
私たちは同じ虹の末端にある幸福を探し求めている、その幸福は狂おしく待っている
私の幼馴染で冒険心に富む友達、ムーン・リバーと私を

兩個流浪的人想去看看這世界
有如此廣闊的世界讓我們欣賞
我們跟隨同一道彩虹的末端,在那弧線上彼此等候
我那冒險心的旺盛的老朋友,還有月亮河和我


(器楽演奏)




Moon River - Breakfast at Tiffanys