伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

海は恋してる(海戀愛妳)


 「海は恋してる」は、日本のォークグループのザ・リガニーズ (The Rigannies:1967年 - 1970年)が、今から丁度50年前の1968年7月1日にデビューシングルとして発表し、学園フォークの先駆けとなった楽曲です。


 ザ・リガニーズは、1967年夏に早稲田大学公認バンドサークルWFS(Waseda Folksong Society)という名の音楽同好会のメンバーが結成した学生バンドで、そのグループ名は、ある日、バンド演奏の練習中に近所の田んぼに現れたザリガニがまるで彼らの歌を聴いているかのように見えたのに心惹かれて付けたものです。


 作曲はグループリーダーの 新田 和長(にった かずなが 1945年5月5日 - )、作詞は当時まだ東京都立大森高校の2年生でグループには参加していない垣見源一郎(実名:村石政志、1950年 - )が書いたものです。


 歌詞の内容は、「海が君に恋している」「綺麗な君は海の恋人だから、海に抱かれて好い夢をごらん」と詠ずるものですが、言うまでもなくこれは隠喩(いんゆ)の技法を用いたもので、「君に恋している」のは「海」に仮託した「僕」のほうです。


 間接的な表現で余情を残す詞が好まれた当時でも、人畜無害なラブソングでは直接的な表現のものが多かったのですが、これほど婉曲に恋心を詠じているのは異色です。


 この詞を書いた村石政志は、1950年東京都大田区生まれで、彼の父親は東京羽田の侠客として知られた村石源三です。
 当時の侠客は、合法的生業としては歌や芝居、相撲などの興行や港湾荷役の人入れ稼業などを行っていたので、それ相当の市民権があり、商店街などに事務所を構えて「〇〇興行」とか「△△組」などと書いた看板を掲げていましたので、誰が見てもヤクザの事務所と分かりました。


 また、高校の生徒名簿には保護者の住所・氏名どころか職業や勤務先まで書くようになっていましたので、村石少年の父親が侠客即ちヤクザであることは隠しようがありませんでした。


 17歳の多感な時期の村石少年にも思いを寄せる女子生徒がいたものと思われますが、当時でも流石にヤクザの息子となると敬遠されて付き合ってくれる女子はいませんでした。


 「海は恋してる」は、自分の努力ではどうすることもできない境遇に置かれた少年が、恋心を直接打ち明けることを憚り、海に擬えて表現するしかなかった当時の無限の悲嘆が包含されているのです。


 村石少年は、この楽曲を発表するにあたって、親や学校に知られることを避けるため「垣見源一郎」のペンネームを使用しています。
 父親の名「源三」にあやかっているところに、彼のヤクザな父親への敬愛の念が込められています。
 なお、彼の作詞で世に出たものは、後にも先にもこの1曲だけです。


 彼はその後、早稲田大学を卒業して日本鋪道株式会社(現・株式会社NIPPO)に入社し、順調に出世して常務執行役員工事部長にまで登りつめましたが、2015年に65歳で役職定年となり同時に同社の顧問に就任しています。


 蛇足ながら、彼と伊賀山人とは高校は違いますが同学年生です。


 
 海は恋してる
 海戀愛妳


        作詞 :垣見源一郎  作曲:新田和長  演唱:ザ・リガニーズ


海はすてきだな 恋してるからさ
誰も知らない 真っ赤な恋を
海がてれてるぜ 白いしぶきあげて
えくぼのような ゆれる島影
君はきれいな 海の恋人
やさしく抱かれて 夢をごらんよ

海極好 那個譯,戀愛
誰都不知道 通紅的戀愛
海羞澀 刮起白的飛沫
象酒窩一樣的 搖晃的島的形象
美麗的妳 海的戀人
和善地被抱 看好的夢


(台詞)

海も失恋すんのかなあ

涙をいっぱいためるかなあ

だけどあふれだしたらこまっちゃうなあ

だって俺泳げないんだもん

海也失戀的啊嗎

滿滿地積蓄眼淚啊嗎

抱如果開始溢出感到為難啊

因為說到原因我不能游所以


君はきれいな 海の恋人
やさしく抱かれて 夢をごらんよ

美麗的妳 海的戀人
和善地被抱 看好的夢


君はきれいな 海の恋人
やさしく抱かれて 夢をごらんよ

美麗的妳海的戀人
和善地被抱 看好的夢




ザ・リガニーズ/海は恋してる (1968年)



しあわせになろうよ(讓我們幸福吧)


 「しあわせになろうよ」は、日本のシンガーソングライターである長渕剛(ながぶち つよし、1956年9月7日 - )が自身36枚目のシングルとして2003年5月1日に発表した楽曲です。


 作詞・作曲共に長渕本人で、歌詞の内容は関係のこじれつつある相手に向かって、出会ったころの気持ちを思いだし初めて出会った場所に戻って幸せになろうと呼びかける内容になっています。
 また、短い歌詞の中に、時間、空間、光や音、更には色彩までをも歌い込んで情景を描写するなど、漢詩のような奥行きと幅を感じさせるところが詩人の非凡な才能を感じさせて巧みです。


 当時の長渕は、最初の妻である石野 真子と離婚してから既に20年、志穂美 悦子と再婚して16年、国生 さゆりとの不倫関係を解消して8年ですので、自身の経験を詠じているわけでもないようです。


 日頃、幸せとは「なるもの」ではなく「感じるもの」であるというのが持論の長渕が、敢えて「幸せになろう」と詠ずるからには、単なる思い付きの作詞でもないようですが、詳細は不明です。



 しあわせになろうよ
 讓我們幸福吧
                    長渕剛(作詞・作曲・演唱)
出会った頃の二人に も一度戻ってみよう
そして二人で手をつなぎ しあわせになろうよ

讓我們再一次回到初相識時候的我們吧
然後兩個人手牽手,幸福的在一起吧

(以上繰り返し)


海の広さに負けないように
まぶしい太陽をにらんでみた
ずぶぬれの僕は魚になり
あの島まで泳いでいった
初めて出会った場所に も一度戻ってみよう
そして青い空に抱かれ しあわせになろうよ

不想輸給大海
直視著太陽
全身濕透的我變成了魚
一直游去到那座島上  
讓我們再一次回到初相遇的那個地方吧
然後在藍天擁抱之下,幸福的在一起吧


(間奏)


緑の大地で鳥が鳴いた
君は両手を広げ空を飛んだ
星空をみあげ夢をかなえた
月の光で歌をうたった
出会った頃の二人に も一度戻ってみよう
そして二人で手をつなぎ しあわせになろうよ

綠色大地有鳥兒鳴叫  
你展開雙手向天空飛去  
仰望著星空,,夢想實現了  
在月光下開心唱歌
讓我們再一次回到初相識時候的我們吧
然後兩個人手牽手,幸福的在一起吧



初めて出会った場所に も一度戻ってみよう
そして青い空に抱かれ しあわせになろうよ

讓我們再一次回到初次相遇的那個地方吧
然後在藍天擁抱之下,幸福的在一起吧


しあわせになろうよ !
讓我們幸福吧!





長渕剛 出会ったことの二人に


追記: 動画に見える「出会ったこ””の二人に」との表記は、「出会ったこ””の二人に」の誤記です。


魂縈舊夢 (魂は過去を夢見る)


 『魂縈舊夢(コン エイ キュウ ム)』は、上海の女優兼歌手であった白光 (バイ・クァン、 1921年-1999年8月27日)が、1943年3月に発表した楽曲です。
 作詞は水西村、作曲は北京出身の女医の侯湘(1936年10月ー)のようですが、この二人については資料が乏しく詳細は不明です。


 白光は、戦前、日本の東京女子大学に公費留学して音楽を学んだ後、1942年に上海で歌手デビュー、翌1943年には『戀之火』で女優として映画デビューもしています。
 戦後は、香港に移って引き続き歌手兼女優として活躍した後、1953年に芸能界を引退しました。
 それから一時期、日本でナイトクラブの経営をしていましたが、程なく撤退し1969年に訪れたマレーシアのクアラルンプールで、彼女より20歳若いファンの顔良龍と知り合って結婚します。
 その後二人は白光が世を去るまで、クアラルンプールで30年間睦まじく連れ添っています。


  マレーネ・ディートリッヒを思わせる細い描き眉、豹のような身体の脚線美が妖艶だったことから「一代妖姫」と呼ばれ、同名の映画にも出演しています。



 『魂縈舊夢』とは、直訳すると「魂は古い夢を巡る」ということになりますが、歌詞の内容は、主として青春時代の春景色を縷々述べて、最後にそれは昨夜の夢だったと詠じて結んでいます。
 「古い夢」らしきものが見当たらないので、伊賀流和訳としては、「 心は過ぎ去りし日々を夢見る」の意で解釈しておきました。
 また、歌詞の最後の方に見える「石榴殷紅(ザクロが赤黒い)」の句は、前後の脈絡がなく分かりにくい一句ですが、北宋の詩人王安石(1021~86)の作と伝えられている詩『詠石榴(ざくろをうたう)』の「萬緑叢中紅一点 動人春色不須多(ばんりょくそうちゅうこういってん ひとをうごかすにしゅんしょくおおくをもちいず)」を踏まえたものと考えます。
 つまり、「見渡す限りの緑の草むらに只一つの紅いザクロの花がある それだけで人は感動する、春景色に多くのものは必要ない」との意で、この歌の主人公が自らをザクロの花に擬えたものとして解釈しておきます。


 今回は、白光(バイ・クァン)の台詞入りの原唱版と蔡琴(ツァイ・チン)の台詞部分のないカバー版とをご紹介します。
 白光はタンゴ調で突き放したような歌い方ですが、蔡琴の方はブルース調でしみじみと歌い上げています。
 


 魂縈舊夢    
 魂は過去を夢見る
              作詞:水西村 作曲:侯湘


花落水流 春去無蹤 
只剩下遍地醉人東風
桃花時節 露滴梧桐 

那正是深閨話長情濃
花は散り川は流れ 春は過ぎ去って跡形もなく 
ただ人を酔わせる春風だけが残って広く一面に吹き渡っている
桃の花の咲く時節 露は青桐に滴り
寝室の奥では言葉は尽きず 濃やかに愛を交わした


青春一去 永不重逢 
海角天涯 無影無蹤
燕飛蝶舞 各分西東 
滿眼是春色 酥人心胸

青春は一度去ると 永遠に二度とは帰ってこない
海の彼方 天の果てまで 影も形もない
燕が飛び 蝶が舞い それぞれ西や東へと飛び去って行く
見渡す限りの春景色が 人の胸奥を蕩(とろ)かした


《白》 

花落水流﹑春去無蹤﹐

只剩下遍地醉人的東風﹔

玫瑰般的美麗﹑夜鶯似的歌聲﹐

都隨著無情的年華消逝。

啊! 我到那兒去尋找我往日的舊夢﹐

祇剩下滿腹的辛酸…無限的苦痛。

《台詞》

花は散り川は流れ 春は過ぎ去って跡形もなく 

ただ人を酔わせる春風だけが広く一面に吹き渡っている

薔薇のような美しさ 夜鳴鶯(よなきうぐいす)にも似た歌声 

すべては 無情な歳月とともに消え去って行った

ああ! 過ぎ去りし日々の夢をそこに探したところで

ただ残るのは 胸いっぱいの辛さや悲しみ…無限の苦痛だけ


青春一去 永不重逢 
海角天涯 無影無蹤
斷無訊息 石榴殷紅 
卻偏是昨夜 魂縈舊夢
 
青春は一度去ると 永遠に二度とは帰ってこない
海の彼方 天の果てまで 影も形もない
絶えて消息もなく ただ紅一点のザクロの花のように私だけがとり残されている
しかしこれらは全て昨夜 私の魂が過ぎ去った日々を夢見ていただけのこと…




白光 - 魂縈舊夢 (lyrics)





魂縈舊夢 - 蔡琴