伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

悩み

 徒然なる当事務所は、行政書士のほかファイナンシャルプランナーや宅地建物取引主任者などいくつかの業務を兼業しています。浜野”総合”事務所の”総合”とは一に此の事によります。


 その中の一つに、カウンセリングがあります。基本的にカウンセラーは相談者の話を聞くだけで自分の意見を提示することは殆どありません。相談者の人生の道標として自分の意見を述べるのは、『カウンセリング』ではなく『人生相談』の範疇に入ります。


 昔、米軍のカウンセリング技法の講習を受けた時、講師の軍僧(従軍牧師や神父などの宗教者で階級はないが待遇は大佐相当)が言うのには、『カウンセラーは自分の意見を言ってはならない。相談者の思考環境を整理するだけで、決断をするのはあくまでも相談者の権利であり義務である。』
 続いて、講師自らの経験を披歴しました。『自殺願望のある少尉から相談を受けたことがある。此の少尉は私のカウンセリングを何度か受けた後、自ら決断することができた。カウンセリングは成功した。少尉は自殺した。』


 最悪の結末を招いておりながらカウンセリングは成功したとする強弁に私は強い違和感を覚えました。その後、カウンセラーを務める機会が多々ありましたが、私は常に自分の意見を述べています。相談者が悩みや困りごとをただ単に誰かに聞いてもらいたいだけの場合には他人の意見など迷惑なことでもあり、その意味では、私はカウンセラー失格の人生相談員です。


 カウンセラーを標榜して以来、数多くのご相談を頂いております。圧倒的に多いのが中学校、高校の女子生徒です。男子に悩みが無いのではなく、男子の場合には、我慢に我慢を重ね続けた挙句、誰かに相談するときには、既に鉄道の踏切の前あるいは高層マンションの屋上ということがありますので注意が必要です。


 相談者が経済力のない子供であることが多いので、いきおい、当事務所の収入になることは滅多にありません。我が家の山の神としては、私が殆ど無償の相談に病身を顧みず深更まで時間を費やしていることが不満なようで、私の事務所に来た時には時々、一般公開されている相談メールをチェックしています。
 ある時、この山の神が、瞬きもせず相談メールと私の回答とをチェックしておりました。少なからぬ相談を受けておりながら、稼ぎが無いのが不満なのだろうと察した私は先手を打ちました。


「我慢してくれ。相談者は殆ど子供なのだから料金を請求できるはずがないだろう。確かに家計を顧みないのは自分の責任だが、銭金の問題ではない。日本の将来を担う青少年の悩みに答えることが世の為、人の為であり、ひいては我が国の・・・」


 人の話を聞く耳を持たぬ山の神は私の格調高い演説を途中で遮り、こう言い残して伊賀の山へと帰って行きました。


『好きにすればいいでしょ。馬鹿を承知で付いて行くわよ。』


 山の神の潤んだ眼が気になった私は、一体、どのメールを読んでいたのか? 状況を正確に把握する為、山の神の閲覧履歴を開いてみました。すると、少し前に、私が回答した次の質疑応答が出てきました。相当、長文に亘りますので興味のある方だけご覧ください。なお、文中、人名・地名は架空のものに変えています。実在の人物・地域と関係はありませんが、類似した境遇の方との混同や誤解を避けるため、以下の質疑応答内容につきましては、無断転載・歪曲引用などはご遠慮ください。


質問者:はるか

    都道府県名:某県

    10代前半 ・女性


(質問文) 

現在中学2年生です。

 私には両親がいません。

 祖父母と妹と4人で暮らしています。

 父は私と妹が生まれる前に病死、母は私と妹を産んですぐ家出。

 妹と私は年子なので、私は1年間だけ母と一緒にいました。

けれど、1歳とかそこらの歳なので覚えていません。

 母は家出してすぐ、また新しい男を作り結婚し、子供を一人産みました。

その子は今現在、小学3年生です。


ここで一つ疑問に思ったのが、なぜ私たちは捨てられ、新しく産んだ子は大切に育てて(ママ)いるのか。

 私たちはそんなに生まれた時からダメな人間だったのか。

 母親はお腹を痛めて産んだ子だから、大切に思っている。とよく聞きますが・・・。

なぜ私たちは捨てられたのでしょうか。 


 幸い、祖父母が私たちの面倒は見てくれています。

けれど、祖父母にも問題があります。

 祖父はすぐに暴力を振る(ママ)人です。ちょっとでも反抗したり、くちごたえしたりして地雷を踏むと、

 木の板だろうが、モップの棒だろうが、遠慮なく殴ってきます。

 手首をひねられて骨折しそうになったこともあり、最悪だったのは包丁を向けられたことです。

 実の子供(ママ)に包丁を向けるのか・・・なんて、少し悲しくなりました。


 『警察に連絡すれば?それDVでしょ』言う人も多いです。

ですが、いくら暴力を振るわれようと家族なんです。そんなことできません。


 祖母は私の意見をちっとも理解してくれようとしません。

 例えば、妹と喧嘩して、悪いのが妹でも全て私の責任。言い訳なんて聞いてはくれません。

 嫌われてるんだと思います。


 熱が出ても『平気でしょ』と言って何もしてくれません。

それでこの間は40.2℃も出ました。

なぜ、妹と私に対する対応が明らかに違うんでしょうか。

 私はいらないんでしょうか?私はこの家の子ではないんでしょうか? 


そんな考えを巡らせながらも信じたくなかった。なのに、この間悲しい事がありました。

 妹の誕生日に母からプレゼントが届いたんです。

 私には誕生日プレゼントもお年玉もクリスマスプレゼントも…何もくれたことがないのに。

 妹のところには来たんです。

もうこれって、私忘れられてるんでしょうか。 


もうひとつだけ今の私の状況を付け足します。

 不登校です。

 中2の夏休みちょっと前から不登校です。

いじめとかが原因ではありません。

 学校に行かなきゃいけないってわかってても、いけないんです。

 吐き気がするんです。

クラスでは毎日いじめが起こってるし、もう友達も私のこと嫌いなんじゃないかって思ってしまって…。行くのが怖くなったんだと思います。

でも、家にいるのも辛いです。


 学校にも家にも居場所がない。 


もう死のうかなと思いました。

リストカットって本当に死ねるのかなって思ってやろうとしました。

でも結局死ぬのが怖くてできませんでした。 


 生きている意味がわかりません。

 私はいるんでしょうか。 


 祖父母は病気を持ってます。

 二人共いつ亡くなるかわからない。

そしたら私は一人になってしまう。 


 今、生きていることが辛いです。


 

(伊賀山人の回答)

1 母親に捨てられたとのことですが、父親が死亡し、シングルマザーとなった母親が二人の子供を育てるのは極めて困難なことです。


2 母親と祖父母との間で何らかの話し合いがあったものと思われますが、大人には大人の事情というものがあります。今、それを詮索するのは詮無いことです。


3 祖父母が妹には優しく、質問者には厳しいとのことですが、一般の親子でも長子はいずれ父母に代わって家長となることを期待されているので、「お姉ちゃんだから我慢しなさい」などと言われがちなものです。質問者に対する期待が大きければ大きいほどその傾向は強くなります。ましてや、老い先短い祖父母であれば当然のことでしょう。


4 母親からのプレゼントが届かないのは悲しいことです。宅配業者のミスかもしれませんが、母親が質問者を既に大人と認めており、今さらプレゼントなど贈ると却って反発を買うのではないかと怖れているのかもしれません。


5 不登校とのことですが、中学校で教えることなどたかが知れています。同級生などとの対人関係を学ぶという意味はありますが、学科としては、お国が「日本人ならこのくらいのことは知っておけ」という程度のものですので、社会に出ればいずれ自然に覚えます。中学校に行かなくとも立派に高校を卒業した人は数えきれません。


6 生きている意味など、質問者の祖父母と同年代の自分でも分かりません。確かに、人生、面白おかしいことなど殆どありません。しかし、たまに訪れる嬉しいこと、愉快なこと、人に感謝されること、その他諸々の些細な幸せが生きる希望につながるのだと思います。確かなことは、生きとし生けるもの、この世の果てるまで命をつないでゆくため生き抜く本能があるということです。


7 祖父母が亡くなり一人になることを心配されていますが、その時になって初めて、祖父母の厳しい躾と質問者の我慢とが生きてくるのです。


8 親は無くとも子は育ちます。現に質問者姉妹は元気に育っているではありませんか? 仮に、親が無くて子が育たぬのであれば、世界中の孤児は死に絶えてしまいます。自分の部下にも天涯孤独の身でありながら、家族を得て幸せな家庭を構えている者がいます。


9 それでも、どうしても我慢が出来なくなったときは、児童相談所などに連絡してください。連絡先が分からぬ場合は当事務所にご相談ください。貴方は決して、一人ぼっちではありません。 



(質問者からの返信)

浜野先生、本当にありがとうございました。


 私は心のどこかで「私は不幸だ」、「特別なんだ」なんてわがままで馬鹿なことを考えていたんだと思います。

 悲劇のヒロイン気取ったところで、自分を変えられるのは自分だけ。

ほかの人たちの助けも大切ですが、結局は自分の意志ですよね。


ひとりでいると良くないことばかり考えてしまいます。

 「私はいらないんだ」、「必要がない」。


でも、先生のお言葉を聞いて気持ちがかわりました。

 完全ではないけど、少しは明るくなれた気がします。 


 私はまだ世間、社会を知らない子供です。

 歳を重ねていくほどに親の気持ちはわかっていくのでしょう。

 親には親の考えもありますしね。


それに、恨んではないです。捨てられたのは悲しいけど、新しい家庭で幸せになってくれれば私はそれでいいと思います。

 勇気を出して質問してよかったと思います。


もう、死のうとか馬鹿なことは考えないことにします。

 暴力のことも祖父母のせいにしないで、私にも非があるから自分から変わってみようと思います。


 自分を信じることから始めます。

そして、周りの人間・・・家族や友達、教師も信じてみます。

 時間はかかると思うけど、頑張ってみます。 


 本当に先生ありがとうございました!