伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居する隠者の戯言です。

皇后陛下と水仙

【伊賀山人大花園の日本水仙】
 伊賀山人大花園に水仙の花が咲いています。
 この花を見ると、20年以上前の皇后陛下と水仙の花の逸話を思い出します。


【水仙の花束を手にする美智子皇后陛下】
 時あたかも平成7年(1995年)1月17日、戦後最大の都市型地震である阪神・淡路大震災が発生しました。
 神戸市中心部などでは震度7を観測し、死者6,434人、家屋全壊は10万棟を越える大災害となり、地震後に発生した火災による二次災害では7,000棟以上が全焼して、あたりは一面焼け野原となってしまいました。


 震災から僅か半月後の1月31日、天皇、皇后両陛下が被災者へのお見舞いの為、未だ電気・水道などのインフラも復旧せず、鉄道や高速道路も倒壊したままの神戸にお入りになられました。


 この時、皇后陛下の手には、小さな花束が握られておりました。


【神戸市菅原市場跡地に献花される皇后陛下】
 被災地で、両陛下揃って黙礼の後、皇后陛下は、その場に膝まづいて瓦礫の上にそっと献花をされました。
 その花束は17輪の水仙の花。
 その日の朝、皇居の庭で皇后陛下自ら摘み取られたものでした。


【瓦礫の上に置かれた水仙】
  「水仙」は、別名「雪中花」。
 春の訪れと共に咲くことから、欧米では「希望」を象徴する花として、ガン患者をサポートする団体の多くで、募金活動のキャンペーンなどに用いられています。


 困難に負けず「希望」を持って復旧・復興してほしいと願われた皇后陛下の御心を表しているのでありましょう。


【皇后陛下の水仙】
 この水仙の花束は、その後、関係者の手によって回収され、花や葉を自然のままの色と形で保存することができる「エバーフラワー」技術を用いて保存加工が施されました。
 そして当時の姿のままでガラス容器の中に保管され、神戸市の布引ハーブ園に展示されて、皇后陛下の御心を今に伝えています。


【すがわらすいせん公園の記念プレート】
 時は移り、皇后陛下が献花された菅原市場跡地は、公園として整備され、「すがわらすいせん公園」と命名されました。
 そして、この公園の入口近くには、水仙の花束のレリーフに「哀悼と希望と・・・」と銘が彫られた記念プレートが設置されて、皇后陛下の祈りを永遠に伝えています。


【すがわらすいせん公園で記念プレートをご覧になる両陛下】
 更に時は移り、阪神・淡路大震災から6年後の平成13年(2001年)4月、天皇皇后両陛下は再び神戸の地を行幸されました。
 両陛下の願いどおり復興著しい神戸の地はすっかり様変わりしていました。
 そして水仙を手向けられた菅原市場跡地の公園へもお出向きになり、このプレートを感慨深げにご覧になったのであります。



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