伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居する隠者の戯言です。

俳句について考える


 俳句(はいく)とは、五・七・五(上五・中七・下五)の十七音から成る日本語の詩で、定型詩としては世界最短のものです。


 僅かひらがな17文字の中に詩情を表現しようとすると、言外の意味を含める必要があります。


 昔、神奈川県の横須賀市に住んでいたころ、アメリカ人の作った俳句を読んだことがあります。


 「鎌倉に ツルがたくさん 居りました」


 この句は、見たことをそのまま詠んでいますが、俳句としてはどこか変です。
 説明的に過ぎて、余情が感じられないのです。


 学術論文や公文書であれば、一点の疑義もないこの句のような書き方が望まれます。
 しかしながら、俳句に於いては、やや包括的、場合によっては曖昧な方が萬人の詩情を呼び起こす奥行きの深い句になります。
 また、この際、視覚・聴覚など人の五感の中、複数のもので表現すると幅が広くなります。


 江戸時代、伊賀の生んだ俳聖松尾芭蕉は、次のような句を読んでいます。


 「古池や 蛙飛び込む 水の音」


 この句では、先ず上五で「古池や」と詠いだすところが優れています。
 余程最近作った池でもなければ、本来、池に古いも新しいもありません。
 敢えて、「古池」と詠むことにより、この池には殆ど人が訪れることのない寂寞たる池、即ち墓地にも似た死の世界を連想させます。
 また、人それぞれの経験や人生観に応じて故郷の池や、神社仏閣の池など様々な池を想起させます。


 そして、中七で「蛙飛び込む」と詠んでいますが、芭蕉が実際に蛙の飛び込むところを見ていたわけではなく、下五で詠んだ「水の音」を聞いて想像したものと思われます。
 この「水の音」により、生きている蛙の飛び込む姿に思いを致し、上五での「死の世界」から一転して、生命の営みを連想させて句全体を明るく締めくくっています。
 更には、視覚と聴覚の双方に訴えて静と動とを表現し、蛙の起こした波紋の広がりや、この蛙が次に浮かび上がってくる情景なども想起させる巧みな句となっています。


 なお、芭蕉が完成させた俳句の作り方には「詫び」「寂び」の思想が強くあるため、漢詩のような「千尋の谷」「萬仭の山」といったスケールの大きな句は余りありません。


 「荒海や 佐渡に横たふ 天の川」「象潟や 雨に西施(せいし)が ねぶの花」などは、ややスケールの大きな句になってはいますが、宵闇や雨の中の景色なので余り見晴らしが良くありません。
 「詫び」「寂び」を基調とする限り、庭先のちまちました情景を詠むくらいが精々で、日本三景の松島のような広々とした景色を詠むのは難しいようです。
 奥州を遊歴し紀行文「奥の細道」を著した俳聖芭蕉ですら、松島では『絶景にむかふ時は、うばはれて不叶』と語るのみで一句も詠んでいません。
 巷間、「松島や ああ松島や 松島や」の句が芭蕉作と言われていますが、この句は、江戸時代後期に相模国(神奈川県)の狂歌師・田原坊が作った「松嶋や さてまつしまや 松嶋や」の「さて」が「ああ」に変化して、今に伝えられているものです。


 不肖伊賀山人はこの現状に鑑み、壮大な句作りをする「伊賀流俳句同好会」を設立して、俳句界に新風を吹き込もうと考えています。


 取りあえず、習作を一句作ってみましたので、ご高覧下さい。



 「インド洋 象が飛び込む 波の音」



 「伊賀流俳句同好会」に入会を希望される方は、入会金3万円をスイス銀行の伊賀山人の口座に振り込んで下さい。

 入金が確認され次第、同好会活動に取りかかります。


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