伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

感恩的心(恩に感ずる心)


 「感恩的心(恩に感ずる心)」は、日本でも人気のある台灣の女歌手歐陽菲菲(オーヤン・フェィフェィ1949年9月10日~ )が1994年5月に発表したアルバム「烈火」に収録している楽曲です。


 この曲は、元々台灣の放送局中國電視公司(ちゅうごくでんしこうし:台灣CTV)が、
1994年5月27日から1994年11月1日までの間放映した連続テレビドラマ《阿信》のエンディングテーマ曲として作成されたものです。
 そのため、歐陽菲菲としては、この曲を余り重視してはいなかったようで、アルバム全10曲中の最後に収録しています。
 ところが、ドラマの方が絶大な人気を博したことからこの曲も大ヒットとなり、日本ではあまり知られていませんが、今では歐陽菲菲の代表曲となっています。


 ドラマの《阿信》とは、日本放送協会(NHK)が1983年(昭和58年)4月4日から1984年(昭和59年)3月31日まで、日本のNHK総合テレビで放映して国民的大ヒットとなったNHK連続テレビドラマ《おしん》の台灣國語吹き替え版のことです。


 このドラマは、不遇な生い立ちの女主人公「おしん」の幼少期から晩年までを描いたもので、静岡県榛原郡生まれの丸山 静江(まるやま しずえ、1906年頃 - 1984年)の実体験を元に作られたものです。
 「おしん」の人生は平坦なものではなく、子供のころから口減らしのために奉公に出され、様々な辛苦や困難を体験します。
 しかしながら、その中にあっても「おしん」に目をかけ親身に世話をしてくれる恩人にも出会います。


 このエンディングテーマ曲「感恩的心(恩に感ずる心)」は、出会った恩人への深い感謝の心情を永遠の別離を予感させながら詠じたものです。


 作曲は《最後一夜》など多数のヒット曲で知られる陳志遠、作詞は作詞のみならず作曲・司会・文化評論など多方面で活躍している陳樂融 で、この詞の中で感謝の対象となっている恩人とは、「おしん」に一人立ちできるように教育を施し、花嫁修業として茶道や華道も手ほどきして、人生に必要な処世術を身に付けさせてくれた「加賀屋の『大奥様』こと『八代 くに 』」を強く意識したものと思われます。


 主人公の、もう二度とは逢えぬ恩人への感謝の念と、これからも困難に負けず人生を大切にして強く生きて行こうと誓う健気な心とを、歐陽菲菲が抜群の歌唱力で切々と歌い上げています。


 なお、詞中に「感恩」と「感謝」との二つの詞語が書き分けられていますが、どちらも「ありがとう」の意でありほぼ同義語です。
 厳密にいうと、「感謝」の語源は四字熟語の「感恩報謝(かんおんほうしゃ)」です。 
 「感恩」とは恩を感じて心の中で有難く思うことで、「報謝」とはその謝意を言葉や態度に表わして礼を尽くすことをいいます。
 つまり、「感恩」が謝意を感ずる内面的な心の動きであるのに対し、「感謝」はその謝意を表出する外面的な言動ということになります。
 例えば、言葉に出して「感恩~」と言えば、それが「感謝」です。
 作詞者の陳樂融は詞中で、ほぼ同義であるこの2語を敢えて使い分けているので、伊賀山人も詞人の意図を慮りそのニュアンスの差を意識して和訳してみました。



 感恩的心
 
恩に感ずる心
        詞 (台灣國語):陳樂融 / 曲:陳志遠 / 編曲:吳慶隆 / 演唱:歐陽菲菲 
 
我來自偶然 像一顆塵土 *1
有誰看出 我的脆弱
我來自何方 我情歸何處
誰在 下一刻 呼喚我
うぉ らい ずー おう らん/ しぁん いー くぁ ちぇん とぅ
よう しぇい かん ちゅ/ うぉ でぇぃ つぉ るぉ~
うぉ らい ずー ふぁ ふぁん/ うぉ ちん ぐぅぇい ふぁ ちゅぉ
しぇい ざい/ しぁ いー くぁ/ ふー ふぁん うぉ~
私は偶然この世に生まれてきた まるで一粒のとるに足らない塵か埃のように 
この私の脆さや弱さを知っている人が 誰かいるでしょうか? 
私はどこからやって来て 私の心はどこへ落ち着くのでしょうか? 
一体誰がこの先ほんの一時でも 歓声をあげて私を呼んでくれるのでしょうか?


天地雖寬 這條路卻難走
我看遍這人間 坎坷辛苦
我還有多少愛
我還有多少淚
要蒼天知道 我不認輸
てぃぇん でぃ すぇい くぁん/ ぢぇ てゅぁ るー ちゅえ なん ぞう
うぉ かん けぇん ぢぇぁ れん じぇん/ かん くぇ しん く―
うぉ はい よう どう しゃお あい
うぉ はい よう どう しゃお れい
いゃぉ つぁん てぃぇん ぢー だお/ うぉ ぶー れん しゅ~
天地は広々としているものの 先へ進むのがとても困難なこの道
私は人生の不遇や辛さや苦しみを 広くすべてにわたって見てきました 
私にはこの先どれほど多くの「愛」があるのでしょうか ?
私にはこの先どれほど多くの「涙」があるのでしょうか ?
天の神様に知らせよう 「私は何があっても負けはしない!」と


感恩的心 感謝有你 
伴我一生 讓我有勇氣作我自己
感恩的心 感謝命運 
花開花落

我一樣 會珍惜*2
がん ぇあん でぇぁ しん/ がん しぇ よう にー
ばん うぉ いー しぉん/ らん うぉ よう よん しー ずぅぉ うぉ ずー じー
がん ぇあん でぇぁ しん/ がん しぇ みん ゆん
ふぁ かい ふぁ るぅぉ
うぉ いー やん/ ふぇぃ ぢぇん しー~
心から恩に感じて あなたに感謝します
生涯私の傍にいて 私が自分自身になるための勇気をくれたことを 
心から恩に感じて 運命に感謝します 
花は開き花は落ちる 

私は必ず大切にします 花のように良い時も悪い時もあるこの人生を


*1*2 繰り返し)


感恩的心 感謝有你
伴我一生 讓我有勇氣做我自己
感恩的心 感謝命運
花開花落

我一樣 會珍惜
がん ぇあん でぇぁ しん/ がん しぇ よう にー
ばん うぉ いー しぉん/ らん うぉ よう よん しー ずぅぉ うぉ ずー じー
がん ぇあん でぇぁ しん/ がん しぇ みん ゆん
ふぁ かい ふぁ るぅぉ
うぉ いー やん/ ふぇぃ ぢぇん しー~
心から恩に感じて あなたに感謝します 
生涯私の傍にいて 私が自分自身になるための勇気をくれたことを 
心から恩に感じて 運命に感謝します 
花は開き花は落ちる 

私は必ず大切にします 花のように良い時も悪い時もあるこの私の人生を


筆者注:

 詞中に見える「蒼天」の詩語は、一般的には文字どおり「青空」を指しますが、漢詩に於いては「春の空」に限定することもあれば、「天にいる造物主、天帝」の意で使用されることもあります。

 この詞に限っては「”青空”に知らせよう」や「”春の空”に知らせよう」では意味が通らぬので、伊賀流和訳としては「天帝」を採用して解釈しておきます。



感恩的心 欧阳菲菲




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