伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

當你老了(あなたは齢を重ねた)


 「當你老了」(あなたは齢を重ねた)は、山東省聊城市出身の創作歌手(シンガーソングライター)趙照(ジャオ ジャオ、Zhao Zhao、1979年3月17日 -)が、音楽創作人を発掘するテレビ番組《中国好歌曲》に参加するために書き下ろした楽曲で、2014年1月31日に同番組で演唱して注目を浴び、34歳の趙照が本格的に音楽家への道を進む切っ掛けとなった曲で、現在は彼の代表曲となっています。


 歌詞は、アイルランドの詩人兼劇作家のウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats, 1865年6月13日 - 1939年1月28日)が、1892年に発表した「When You Are Old」(あなたが年老いたとき)を趙照が翻訳したものですが、状況設定などはかなり原詩とは異なっています。


 イェイツ(漢語標記:葉芝)が書いた詩は、思いを寄せる麗人に求婚して断られた時点で、「あなたが年老いたときでも愛しているのは私だけだ。」と詠ずることにより20代半ばの彼女への変わらぬ恋情や未練を同年代の若者の立場で表現したものです。
 これに対し、趙照の訳詩は、既に年老いてほの暗い窓の下に座っている彼の老いた母親を思いやる気持ちを表現するために翻案したものです。
 趙照の訳詩は、振られた女への未練のような卑俗なものではなく、普遍的な家族愛や敬老の精神を表現したものになっています。
 したがって、詞題の「當你老了」は、「あなたが老いたとき(When You Are Old)」とも訳しうるので未来を詠じているとも解せますが、伊賀流文脈判断としては現在を詠じているものと推定して「あなたは今まさに年老いている」と解釈して和訳しておきます。


 歌詞の内容は、イェイツの原詩をふまえて、先ずあなた(趙照の母親)が年老いた様子から歌いおこし、次いで彼女の青春時代を想像し、そのような彼女を自分だけはいつまでも愛し続けると詠じ、彼女の消息を聞くことこそが自分の心の中の歌であると比喩的に表現して一旦は結びとしています。
 これだけで終わってしまうと、イェイツの原詩と大差ありませんが、この詩は最後に付記されている一節が優れています。


 最後の一節には「當我老了 我真希望 這首歌是唱給你的」と記載されており、それまで頭句として到底していた「當老了」(あなたが老いたとき)が、最後になって「當老了」(私が老いたとき)となり、主語が「あなた」から「」へと変化しています。
 この一節を逐語訳すると、「私が老いたとき 私は心から希望します この歌をあなたに歌って聞かせることを」ということになります。
 その真意は、「私が今のあなたと同じくらい年老いた時にも、更に年老いたあなたに、私のこの歌を聞いてもらいたい。」と詠ずることにより、母親の長寿を願う息子の敬老の精神を言外に表現するものです。
 この最後の一句をつけ加えたことにより、趙照の訳詩にはノーベル文学賞を受賞したイェイツの原詩を超える余情が包含されたものになっています。


 敬老の日に相応しい一曲、趙照の原唱でご紹介します。




 當你老了
 あなたは齢を重ねた
                  作詞:葉芝  訳詩・趙照  作曲:趙照
當你老了 頭髮白了 睡意昏沉 *1
當你老了 走不動了
爐火旁打盹 回憶青春

多少人曾愛你 青春歡暢的時辰
愛慕你的美麗 假意或真心
只有一個人 還愛你虔誠的靈魂
愛你蒼老的臉上 的皺紋

當你老了 眼眉低垂
燈火 昏黃不定
風吹過來 你的消息
這就是我心裡的歌 *2
あなたは齢を重ねた 頭髪は白くなり 睡魔に襲われている
あなたは齢を重ねた 歩きたくとも動けず
暖炉の傍でうとうとしながら 青春の日々を思い起こしている
どれほど多くの人々が曾てあなたを愛したのだろうか 青春の喜び溢れる幸せな時節の中で
あなたの美しさを褒め称えたのは 偽りの心だったのかそれとも本心だったのだろうか
ただここにたった一人だけいる 今でもあなたの敬虔な魂を愛し
あなたの齢を重ねた顔の中の 皺さえも愛している者が
あなたは齢を重ねてきた 眉毛は低く垂れ下がっている
灯火はほの暗く はかなく揺れている
風が吹き寄せて来て あなたの消息を伝える
あなたの消息こそが私の心の中の歌


(間奏)

(*1~*2再唱)


當我老了 我真希望
這首歌是唱給你的
やがて私が老いる時には 私は心から願っている
またこの歌を歌って あなたに聞いてもらえることを


(終奏)






当你老了(感人MV) - 你哭了吗?


筆者注:

 この動画は場面設定が非常に緻密に作られています。


 2011年7月5日に老婆のもとに届けられた荷物に添付されていた息子からの手紙には、「ごめんね、母さん。今年は帰れないんだ。これは母さんへの贈り物だよ。」と書かれており、この母子が二度と会えないことを暗示しています。

 荷物の中身はお手伝いロボットで、老婆とロボットは、最初は人と道具の関係ですが、次第に心の交流が生ずることを主題としています。

 動画の中に出てくるチケットは、ロボットがテレビで放映されているサーカスを見て非常に喜んでいたことから、老婆が外出した折に買ってきた2012年7月5日の生公演の観覧券です。 

 楽しみにしていたその日、二人で出かけようとしている正にそのときに老婆は息を引き取ります。

 また、この日は老婆とロボットが出会ってからちょうど1年目の記念日即ちロボットの1歳の誕生日でもありました。

 動画の最後は、既にこの世を去った老婆が錆びついて動けなくなったロボットを迎えに来て、共に新しい命を得て、手に手を取ってサーカス会場に向かうシーンで結びとしています。



 【ウィリアム・バトラー・イェイツの原詩はこちら ▼】