伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居する隠者の戯言です。

わが人生に悔いなし


 『わが人生に悔いなし』(わかじんせいにくいなし)は、石原裕次郎が生前最後に録音し、1987年(昭和62年)4月21日に最後のレコードとして発表した楽曲です。
  石原は、この楽曲を発表した3箇月後に52歳の若さでこの世を去りました。


 石原は、録音当時、末期の肝細胞癌に侵されていましたが、周囲はこのことを本人に告げることはなく、ひた隠しに隠していました。
 しかしながら、病状好転せぬ中で、本人も悟るところがあったようで、作詞家のなかにし礼に、「何か人生に関する歌を書いてくれ。」と依頼し、出来上がった詩に、シンガーソングライターの加藤登紀子が曲を付けてこの楽曲は完成しました。


 歌唱の録音は、石原の静養先であったハワイ州オアフ島のドルフィンスタジオで行われました。
 体調不良のため、録音は遅々として進まず、1987年2月23日から3日間かかりました。


 石原の死後、その後を継いで2代目石原プロモーション社長になった俳優の渡哲也は、雑誌の取材で次のように述懐しています。
 「あの歌では、先代(先代社長石原)の本来の声が出ていません。先代のあんな弱々しい声は聞くに堪えません。もし、自分が傍にいたなら、あんな時に歌わせなかったでしょう。」


 また、石原の実兄石原慎太郎は、テレビのインタビューで次のように述べています。
 「俺、あの歌、嫌いなんだよ。誰だ? あんなの歌わせたのは。あんなの歌うから裕次郎は早死にしたんだよ。」と。


 概して、石原と親密な関係にあった方々には評判のよくない曲ですが、石原が自らの死期を悟り、来し方を振り返りながら最後の力を振り絞って歌い上げた遺言ともいえる一曲です。


 「タフガイ」との異名をとり「裕ちゃん」と呼ばれて親しまれた日本を代表する俳優であり歌手でもあった石原裕次郎、本日7月17日が没後30年の命日です。   合掌🙏



わが人生に悔いなし   我人生沒有懊悔


                    作詞:なかにし礼 作曲:加藤登紀子


鏡に映る わが顔に      鏡子映出的 我向臉
グラスをあげて 乾杯を    全部乾杯玻璃酒杯
たった一つの 星をたよりに  向來信只一個星
はるばる遠くへ 来たもんだ  是遙遙地到遠方 來
長かろうと 短かかろうと   即使長和即使短都
わが人生に 悔いはない    我人生沒有懊悔


この世に歌が あればこそ   如果人世正是有歌
こらえた涙 いくたびか    忍耐的眼淚去的每次嗎
親にもらった 体一つで    是從父母那兒得到的 身體一個
戦い続けた 気持ちよさ    持續作戰的 心情舒暢
右だろうと 左だろうと    不論是右 還是左面
わが人生に 悔いはない    我人生沒有懊悔


桜の花の 下で見る      在櫻花的花的 下看
夢にも似てる 人生さ     與夢相似的人生
純で行こうぜ 愛で行こうぜ  純粹地行動生活於愛裡
生きてるかぎりは 青春だ   是就只要活青春
夢だろうと うつつだろうと  不論是夢 還是現實
わが人生に 悔いはない    我人生沒有懊悔


わが人生に 悔いはない    我人生沒有懊悔



わが人生に悔いなし


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