伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

お手軽漢詩の作り方

    【伊賀山人の朋友 AさんとSさん(イメージ図)】


 今回は、誰にも手軽にできる漢詩の作り方をご紹介します。


 漢詩は、唐代に隆盛を見た「近体詩」と言われるものが主流で、現在でも本格的な作詩を心がける人はほぼ例外なく近体詩を作っています。
 この近体詩は、使用する漢字の平仄(アクセント)ごとの配列や、一句ごとの字数や、句末に使用する漢字の押韻(語尾の音節を揃えること。)などが厳格に規定されているもので、なかなかお手軽にはできません。
 唐代以前に作成されていた「古体詩」と言われるものは、押韻や一句ごとの文字数の決まりはありますが、平仄についてはそれほど厳格な決まりごとはありません。
 今回は、「古体詩」の様式に準じて作る方法をご紹介します。
 ただし、伊賀山人の作例では平仄・押韻共に近体詩の規則通りに作っておきますので、興味のある方は、漢和辞典でご確認ください。
 なお、現在の漢文化圏で作られている漢詩には「現体詩」と称して平仄・押韻ともに無視したものもありますが、これは殆ど日記のようなものなので今回は取り上げません。


 今回ご紹介する古体詩で、作詩にあたって注意すべき事項は、次の2点だけです。

①句中の詩語の切れ目(節奏点)を守ること。

 四言詩であれば「二字・二字」、五言詩であれば「二字・三字」、七言詩であれば「二字・二字・三字」が文法上の語句の切れ目になります。これを守らないと意味不明な詩になってしまいます。


脚韻を踏むこと。

 韻を踏まなければ、本物の漢詩とは言えません。正しい韻を踏んでいると、日本語の音読みをしても押韻していることが分かります。ただし、逆は真ではありません。音読みで同韻のように思えても、漢語には日本語には無い声音が有るため、別韻の場合も多々あります。


 漢詩を書く時には、古漢文の文法によります。
 高校で学んだ漢文の知識で十分ですが、それを忘れた方のために、今回は「擬作(ぎさく)」という作詩法をご紹介します。
 「擬作」とは、古人の過去の作品に倣って作ることを言い、決して「偽作(ぎさく:偽物の作)」ではありません。
 和歌で言う「本歌取(ほんかどり)」のようなものです。


 今回は、擬作の対象となる前作として、長屋王の次の四言詩を取り上げます。
 なお、近体詩の殆どは五言詩と七言詩で四言詩は滅多にありませんが、ここでは簡単のため敢えて四言詩でご説明します。

(起句)山川異域  (承句)風月同天

(転句)寄諸佛子  (結句)共結來緣


山川 域(いき)を異(こと)にすれども 風月 天を同じうす

諸(これ)を佛子(ぶっし)に寄せて 共に來緣(らいえん)を結ばん


 四言詩では二句ごとに脚韻を踏む決まりになっており、この詩では、「」と「」とが音読みでも語尾が「…en」となっていることから分かるようにを踏んでいます。
 この韻字は、平水韻という韻目表の中の下平聲一先という平字の韻字グループに属する漢字です。
 なお、「緣」は、仄字の去聲「霰(せん)」のグループにも属する両韻の漢字ですが、去聲で読んだ場合には「へり・ふち」の意となり、平聲の「えにし・ゆかり」の意とは異なるので注意を要します。。
 下平聲一先の韻字グループの他の韻字を使用しても良いのですが、お手軽漢詩としては、この「」と「」の字をそのまま使うことにします。このような作り方を「次韻」と称し、本格的な詩人であれば使える詩語が制限されるので窮屈なものですが、伊賀流では結構多用しています。


 さて、詩作に当ってまず最初に決めることは、詩の主題です。
 今回は、伊賀山人が敬愛するAさんとSさんとの友情を主題として、伊賀山人がこよなく愛する「露天風呂」の情景を詠ずることとします。


 詩作の順序については特に決まりはありませんが、結句が一首の締めくくりであり主題を表現するものでもあるので、この句から決めると後が容易に作れます。
 露天風呂を共にする我が友人の情景から、偶々直感的に「裸の付き合い」という日本語の慣用句を思いつきました。この慣用句は、衣服を脱ぐ脱がないとは関係なく、「心に隠し事のない非常に親しい友人関係」を意味しています。
 そこで、前作の結句「共結來緣」の「來緣」を「裸緣」として「共結裸緣」とします。


 次に、伊賀流では通常同韻を踏む承句を作りますが、今回は前作が起句と承句とが対句になっていますので、古体詩には特に対句を取り入れる規則は有りませんが、この際、起句と承句を纏めて作って前作同様対句に仕立てます。

筆者注:

 ‎対句については、近体詩のうち一首が八句からなる律詩と言われる漢詩では三句と四句(頷聯:がんれん)及び五句と六句(頸聯:けいれん)をそれぞれ対句にする規則になっています。

 近体詩でも四句からなる絶句には対句を取り入れる必要はありませんが、敢えて対句に仕立てることで、韻律の整った技巧的な詩作になります。

 起句で詩を詠い起して、承句でそれを発展させるのが約束事です。
 ここでは、全国各地に数ある温泉の中で、一つの露天風呂を共にしている友人の情景を詠ずることとします。
 そこで、「山川異域 風月同天」を「温泉異域 混浴同天」とします。


 最後に転句は場面や発想を転換する句を作れば完成です。
 漢詩は学術論文ではありませんので、転句に論理性は不要で奇想天外と思われるくらいの方が面白いものです。ただし、結句との関連性は必要です。
 從って、ここでは前作の「寄諸佛子」は無視して、「裸の付き合いの情景」として「抱花雙手(両手に花を抱く)」としてみました。
 起句・承句で温泉に浸かる様子を詠じた後、「両手に花を抱く」と詠ずることにより、場面発想が大きく転換するとともに、一体誰が両手に花を持って温泉に入るのか、そもそも花とは植物の花なのか、裸の縁とどのように関連しているのかなどの疑問が生じて複数の解釈が可能となり、言外の余情が主ずることとなります。


 以上纏めると次のようになります。

(白文)

温泉異域  混浴同天

抱花雙手  共結裸緣


(訓読文)

温泉(おんせん) 域(いき)を異(こと)にすれども 

混浴(こんよく) 天(てん)を同(おな)じうす

花(はな)を雙手(さうしゅ)に抱(いだ)いて 

共(とも)に裸(はだか)の緣(えん)を結(むす)ばん


(現代口語訳:一例)

温泉は住む地域ごとに異なりますが 

混浴露天風呂の上に広がる天空は同じものです。

両手に花(A・S両美人)を抱いて 

共に裸の付き合いのできる緣を結びたいものです。