伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居する隠者の戯言です。

白百合の花

 【白百合の花】
 伊賀山人の百合花園に、今年初めて白百合が一輪咲きました。
 純白の花弁の中に白い雌蕊(めしべ)と黄色い雄蕊(おしべ)があります。


【花弁の中】
 白百合の花言葉は、「virginity(純潔)」「purity(純粋)」「majesty(威厳)」
 花弁の中の花芯の奥は、純真無垢な乙女の愁いにも似た淡く微かな緑色に染まっています。
  


【花瓶に生けた初咲きの一輪】


 白百合詩
      伊賀山人作
庭園萬緑孤麗華
美白微香百合花
採摘一朵無處寄
故人今日在天涯


今日の伊賀山人大花園

 残暑厳しき中、流石に伊賀山人の大花園でも、花は数えるほどしか咲いていません。
 秋は名のみの猛暑に負けず咲き誇る草花をご紹介します。


【風船葛】
 昨年もご紹介しましたが、2輪ずつペアになって咲くのが特徴です。


【風船葛の実】
 花が終わると、果実はこのように二個寄り添って実ります。
 この風船の中には、黒地に白い♡模様の付いた種が入っています。


【グラジオラス】
 グラジオラスには、多くの種類がありますが、これは背丈ほどの高さに成長するかなり大型のものです。
 自宅の庭に自生していたものを事務所の庭園に移植したため、細部の品種は不明です。


【コスモス】
 この花が伊賀山人秋桜園では、今年の一番咲きです。
 「萬緑叢中紅一点」


【?】
 隣家から伸びてきた名も知らぬツル草の花です。
 「名も知らぬ近き家から、伝い寄るツル草一つ♫」


【ミニトマト】
 花は付くものの、3年間同じ場所に植えていたので余り実ができません。
 「七重八重花は咲けどもミニトマト みの一つだに無きぞかなしき」


【コスモス百合花園】
 今や遅しと咲く秋を待っています。
「秋は名のみの風の熱さや~ 百合とコスモス花は思えど~ 
  時にあらずとツボミ開かず~ 時にあらずとツボミ開かず~♬」


An American Trilogy(美國的三部曲:アメリカの祈り)


 「An American Trilogy(アメリカの3部作)」は、アメリカ南部テキサス州ヒューストン生まれのカントリーソング ライターのミッキー ニューベリーが、 19 世紀のアメリカの3つの歌をメドレーに編成して、1971年に発表した楽曲です。
 この曲を作った主な目的は、人種差別の撤廃を訴えることにありますが、その説明は別の機会に譲ります。


 この曲は、同じくアメリカ南部のミシシッピ州テューペロ生まれのエルヴィス ・ プレスリーがカバーして、1973年1月14日、ハワイのホノルル・インターナショナル・センター(HIC)で行なった慈善コンサートで一躍有名になりました。


 「アロハ・フロム・ハワイ」と名付けられたこの慈善コンサートは、当時、報道番組だけに使われていた人工衛星を使い、世界同時生中継された史上最初で最後の巨大ショーです。
 世界約38カ国で放送され、視聴者数は 15億人以上と言われています。
 日本では7時というゴールデンタイムで中継され、視聴率37.8パーセントを叩き出し、アメリカでは33.8%。フィリピン91~92%、香港70~80%、韓国70~80%を記録しました。
 世界に向けて衛星生中継された芸能人は、後にも先にもエルビスただ一人であり、73年1月14日は「伝説が宇宙から降り注いだ日」と云われています。


 このショーでエルヴィスは23曲を熱唱。その大半は他人の曲で、ロックンロールは軽く流し、バラードに力を入れて、ゴスペル調の張り上げる歌唱スタイルで感動を呼びました。 
 エルビスは、この公演を心から喜び、ステージ衣装にはアメリカの象徴であるイーグルを刺繍させるくらい誇りを感じていました。
 貴金属や宝石を散りばめたこのときの衣裳は、ケープとベルトを含めると総重量25キログラムにも及ぶ重いもので、コンサート中、しばしばエルビスがよろめいているのはハワイの暑さのせいだけではないようです。


 このショーは、クイ・リー癌基金の慈善コンサートのため入場料はなく、任意の金額を寄付するという形となっており、その収益7万5000ドルが基金に寄付されましたが、史上最大のショーの準備には150万ドルを費やしたと言われています。
 その後、この曲はエルヴィス・プレスリーの70年代を代表する曲となり、彼のコンサートでは常に歌われるようになりました。


 「An American Trilogy(邦題:アメリカの祈り)」は、1860年代アメリカの南北戦争当時の3曲『ディキシー(南部の地)』『共和国戦いの讃歌(リパブリック賛歌)』『私の試練』によって構成されており、アメリカの「南部・北部・黒人」の代表曲を一つにした楽曲です。


 『ディキシー』は、南部の綿花畑の風景を詠じたもので、南軍の軍歌として使われた曲です。
 『共和国戦いの讃歌』は、直接的には神の栄光をたたえる歌ですが、神の名の下に奴隷解放を戦争目的として進軍する北軍の軍歌です。
 『私の試練』は、黒人奴隷が幼子を残して死ぬ間際に、やっとこれで苦しい試練が終わると詠じた黒人霊歌です。


 人種差別の撤廃と南北アメリカの融和を心から願ってこの歌を歌い続けたエルヴィス・プレスリー、故郷のディキシーランドに42歳の若さで骨を埋めたのは、丁度40年前の1977年8月16日です。


 当時の合衆国大統領ジミー・カーターは、人を愛し国を愛したこの偉大なアーティストの死を悼んで、次のように語っています。

「エルヴィス・プレスリーの死は、我が国から大事な一部分を奪いとったようなものだ。彼の音楽とその個性は白人のカントリー音楽と、黒人特有のリズム・アンド・ブルースのスタイルを融合させ、永久にアメリカの大衆文化の様相を変えてしまった。彼は、祖国アメリカの活力、自由、気質を世界の人々に植え付けるシンボルだった。」


 また、2006年3月27日には、プレスリーが生前約20年間を過ごしたテネシー州メンフィスの邸宅「グレイスランド」は、アメリカ合衆国の国定史跡に認定されました。

 今回は、「伝説が宇宙から降り注いだ日」として語りつがれている「アロハ・フロム・ハワイ」での演唱をご紹介します。


 An American Trilogy
 美國的三部曲
 アメリカの祈り


Oh I wish I was in the land of cotton
Old times there are not forgotten
Look away, look away, look away Dixieland

哦,我希望我是在棉花的土地
古老的時光不會被遺忘
把目光移開,看吧,看了迪克西蘭爵士樂

ああ 綿畑の広がる地に帰りたい
古き良き 忘れられぬ故郷に
遙かに見よ 遙かに見よ 遙か彼方のディキシーランドを


(background singers)
( 背景歌手)
(バックコーラス)
Oh I wish I was in Dixie, away, away
In Dixieland I take my stand to live and die in Dixie 

我是在迪克西,遠遠的離開的希望
在迪克西蘭爵士樂我採取的立場,生生死死在迪克西

ああ、デキシーに帰りたい 遙か 遙か彼方のディキシーに
ディキシーランドに誓おう ディキシーに生きそして骨を埋めることを


For in Dixieland, I was born
Early Lord one frosty morning
Look away, look away, look away Dixieland

因為我出生在迪克西蘭爵士樂,
一天清晨早主
把目光移開,看吧,看了迪克西蘭爵士樂

ディキシーランドは私の生まれた土地
それは霜のおりたある寒い朝早くだった
遙かに見よ 遙かに見よ 遙か彼方のディキシーランドを


Glory, glory hallelujah
Glory, glory hallelujah
Glory, glory hallelujah
His truth is marching on
榮耀,榮耀哈利路亞
榮耀,榮耀哈利路亞
榮耀,榮耀哈利路亞
他的真理在前進

栄光あれ 主に栄光あれ
栄光あれ 主に栄光あれ
栄光あれ 主に栄光あれ
主の真実は押し進んで行く


So hush little baby
Don't you cry
You know your daddy's bound to die
But all my trials, Lord, will soon be over
所以請安靜小寶寶
不要你哭泣
你知道你爸爸一定會死
但我所有的考驗,主,將很快就會過去

よしよし幼な子よ 
泣くのはおやめ
父さんが死んでいくのは分かっているだろう
しかし私の全ての試練は、主よ、間もなく終わる・・


Glory, glory, hallelujah
His truth is marching on
His truth is marching on
榮耀,榮耀,哈利路亞
他的真理在前進
他的真理在前進

栄光あれ 主に栄光あれ
主の真実は押し進んで行く
主の真実は押し進んで行く




Elvis Presley - An American Trilogy {live}