伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

抉擇(選択)


 「抉擇(けったく)」は、1979年4月1日 に台灣民歌(台灣フォークソング)の新人歌手で当時21歳の蔡琴(1957年12月22日-)が発表した楽曲です。
 作詞・作曲は同年齢の梁弘志(1957年9月2日-2004年10月30日)で、この人は後に校園民歌(學園フォークソング)の作家として名を成しますが、当時はまだ世界新聞專科學校と称していた現在の世新大學の学生でした。
 その後も梁弘志が47歳の若さで永眠するまで、終生の名コンビとなる若い二人の共同でこの楽曲は世に出ました。
 この曲は、翌1980年9月 3日に発売された蔡琴のファーストアルバム「出塞曲」に収録されています。


 歌詞の内容は、いつ止むとも知れぬ雨の中で思いを寄せる人を待つ乙女心を詠じたものですが、梁弘志の作品には詩語の省略や飛躍が多いのが特徴で、この詞も論理的に考えるとどういう選択肢の中から何を選んだのか分からなくなります。


 詞中の雨は通り雨であり客観的にはすぐ止むはずにも拘らず、今か今かと彼を待つ彼女にとってはこの世の終わりまで降り続くかのように思えたに違いありません。
 そこで彼女は取り留めのないことを考えます。
 「雨が止めば彼に会える」
 「雨は永遠に降り続く」
 「雨音は寝床に居る彼を目覚めさせる」


 この状況の中での、彼女の選択肢は、

①雨が止めば彼に会える。だからこのまま待つ。

②雨は永遠に止まないので彼は来ない。だから待たずに帰る。

の二つです。
 無論、雨の止む止まないと彼の來る來ないとは次元の異なる事象であり、また、永遠に降り続く雨などありえませんので、この選択肢の列挙は論理的なものではありません。


 そして、彼女の意思決定である最良の選択は、当然ながら①です。

 「この雨が彼の目を覚ます。目覚めた彼は雨が止むころには必ず来る。だから私は雨が止むのが例えこの世の終わりであっても彼が来るのを待つのだ。」

 彼女の選択肢の列挙と行動方針の決定とは最早論理解釈の範疇にはありません。しかしながら、この一種感情的ともいえる状況解釈が、彼を思う彼女の真っ直ぐな情感をよく表しており、多くの人々の共感を得るのだと考えます。



 抉擇
 選択
            作詞・作曲:梁弘志 演唱:蔡琴
偶爾飄來一陣雨 
點點灑落了滿地
尋覓雨傘下哪個背影最像你

看熙來攘往群中又沒有你

たまたま通り雨がやって来て 
点々と滴り落ちて地面に満ちる
貴方に最もよく似た後姿を雨傘の下に探し求める
盛んに行き来する人々の群の中に貴方は見えない


偶而飄來一陣雨
點點灑落了滿地
也許雨一停 我就能再見到你
也許雨該一直下不停

たまたま通り雨がやって来て 
点々と滴り落ちて地面に満ちる
もしかしたら雨が止んで 私はまた貴方に会うことができるかもしれない
もしかしたら雨はこのままずっと降り続くのかもしれない


朦朧的眼 朦朧的雨
眼前呈現著美好遠景
我在街頭佇立 心中已經有了決定
我想那小雨 一定能把你打醒

ぼんやりと霞んだ目に ぼんやりと霞んだ雨
美しい遠景が目の前に現れる
私は街頭に佇んで 既に心の中に決めたことがある
私は小雨がきっと貴方の目を覚ましてくれるだろうと想う


偶而飄來一陣雨 
點點灑落了滿地

如果雨一停 我就能再見到你
那是我最好的抉擇

たまたま通り雨がやって来て 
点々と滴り落ちて地面に満ちる

もし雨が止んだら 私はまた貴方に会うことができる
それが私の最良の選択


朦朧的眼 朦朧的雨
眼前呈現著美好遠景
我在街頭佇立 心中已經有了決定
我想那小雨一定能把你打醒

ぼんやりと霞んだ目に ぼんやりと霞んだ雨
美しい遠景が目の前に現れる
私は街頭に佇んで 既に心の中に決めたことがある
私は小雨がきっと貴方の目を覚ましてくれるだろうと想う


偶而飄來一陣雨 
點點灑落了滿地
如果雨一停 我就能再見到你
那是我最好的抉擇

たまたま通り雨がやって来て 
点々と滴り落ちて地面に満ちる

もし雨が止んだら 私はまた貴方に会うことができる
それが私の最良の選択




抉擇-蔡琴