伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

我期待【阿妹版】(私の期待)

 【恩師張雨生作品《我期待》阿妹張惠妹淚之演唱】


 《我期待》は、台湾のシンガーソングライター張雨生(チャン・ユーシャン、英名:Tom Chang 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が1994年9月5日に発表したアルバム《卡拉OK Live‧台北·我(カラオケ ライブ・台北・私)》に収録している楽曲で、既に2017年の12月17日に当ブログでご紹介しています。


 ところが、丁度1年前のこの記事がここ2~3日、人気記事の最上位にランクインしています。
 この楽曲は、日本では殆ど知られていませんので、最近の閲覧者の多くはコメントなどから類推すると、多分日本語を研究している台灣の方々であろうと思います。


 台灣の朋友の方々と当ブログ「伊賀の徒然草」の数少ない日本の読者の方々に感謝の意を表するため、今回カバー版を取り上げて追加記事を起こすことと致しました。


 《我期待》は、漢文化圏では非常に多くの歌手がカバーしていますが、高音王子こと張雨生に匹敵するようなものは当然ながら見当たりません。
 その中で、唯一出色と思われる台灣の女歌手の阿妹(アーメイ)こと張 惠妹(チャン・ホェイメイ、1972年8月9日ー )のカバー版をご紹介します。


 その前に、日本ではあまり馴染のない張 惠妹(チャン・ホェイメイ)の略歴について、簡単にご紹介します。


 既にご存知の方は、下記囲み部分を飛ばして、動画の説明にお進みください。

 張 惠妹(チャン・ホェイメイ)は、台湾原住民のプユマ族(卑南族)出身で、プユマ族名をグリライ・アミトゥ(Kulilay Amit :古歷來·阿密特)、愛称を阿妹(アーメイ:妹ちゃん)といいます。

 1972年8月9日に台灣の東海岸にある台東縣卑南鄉偏遠山區の泰安部落の生まれで子供のころから音楽に関する天賦の才があり、また跆拳道(テコンドウ)でも小学生の時に少年黒帯2段を取得しています。

 1992年に父親の勧めで台湾の勝ち抜き歌謡番組“五燈奨”に出場しますが、この時はインフルエンザに罹ってしまい途中で棄権しています。

 翌1993年、捲土重来を期して再出場し、25人抜きを果たして見事に優勝しましたが、一番喜んでくれるはずの父親は決勝戦を前に早逝しています。

 1995年に、いとこ(男女不明)が組んでいたバンドのボーカルとして台北のライブハウスで歌っていたところを、その多彩な歌唱力を張雨生や豐華唱片(フォワードレコード)の張小燕に認められてスカウトされて、翌1996年3月に豐華唱片と歌手としての専属契約を交わしました。


 当時の台灣では、原住民に対する差別感情がまだ残っており、歌手デビューは困難で、例えデビューできても積極的なプロモーションはしてもらえずヒットすることはありませんでした。


 単なる憶測ですが、彼女が歌手の道へ進むことができたのは、張雨生自身も父親は浙江省出身の漢族ですが、母親が原住民のタイヤル族(泰雅族)出身で、彼自身が原住民とのハーフであったことが影響しているのかも知れません。


 そして、1996年7月12日に 張雨生が発表したアルバム《兩伊戰爭—紅色熱情》の中の〈最愛的人傷我最深〉と題する楽曲を、憧れの張雨生とのデュエットで演唱して彼女のレコードデビューは果されました。


 同年12月13日、張雨生のプロデュースにより、彼女自身のオリジナルアルバム『姊妹』を発表すると、原住民の歌唱は売れないという当時の常識を覆し、連続9週売り上げチャート第一位の記録を打ち立て、台湾だけで100万枚以上、アジア全体では400万枚を超える売り上げを記録しました。

 同じく張雨生のプロデュースで、翌1997年6月中旬に発表したセカンドアルバム『BADBOY』も連続9週チャート第一位、アジア全体で600万枚を超える大ヒットとなり、台湾ではそれまで注目されていなかった原住民族の歌手に注目が集まり“原住民ブーム”を巻き起こしました。


 張雨生は、6歳年下の張惠妹(本名)のことを、15歳で夭逝した自分の妹のように思って可愛がっていました。「阿妹(アーメイ:妹ちゃん)という愛称は、本名に由来しますが、張雨生の妹への思いも込められているようです。

 張惠妹も、張雨生のことを兄と思って慕い、また老師として尊敬していました。


 しかし、二人の朋友としてまた師弟としての良好な関係は長くは続きませんでした。

 張惠妹がセカンドアルバムを発表した5箇月後の1997年11月に、恩師張雨生は自動車事故により、31年の短い生涯を閉じました。


 この二人が共に生きて、共に活動した期間は僅か2年間に過ぎません。

 しかし、その2年間は張惠妹にとっては非常に濃密なものであったようです。

 20年以上を経た今でも、張惠妹は次のように語っています。


 「自分が今あるのは、張雨生老師のお蔭です。」

 「自分こそが、『張雨生的大弟子』です。」と…


 次の動画は、2016年12月16日に張惠妹が大陸浙江省の衛星テレビ音楽番組《夢想的聲音(夢の声)》に出演した時のものです。


 時は張惠妹のデビュー20周年、場所は恩師張雨生の父祖の地浙江省、歌は大恩人の代表曲「我期待」しかもその副題は「SAY GOODBYE(さよならを言おう)」 。
 万感の思いを込めて歌う張惠妹の両眼には涙が溢れてきます。
 しかし、そこは「張雨生の一番弟子」をもって任ずる張惠妹、最後まで一音一句ミスのない完璧な演唱を続けます。
 むしろ、その事情を知ってか知らずか、聴衆の方が感涙に咽び目頭を覆っています。


 張雨生の阿妹張惠妹、歌い終わると流石に感極まって後ろを向いて嗚咽する姿が印象的です。




[ CLIP ] 张惠妹《我期待》《梦想的声音》第7期 20161216 /浙江卫视官方HD/



 我期待
 
私の
             作詞・作曲:張雨生  演唱:阿妹
我期待 有一天我會回來 
回到我最初的愛 回到童貞的神采 
我期待 有一天我會明白 
明白人世的至愛 明白原始的情懷 
我情願 分合的無奈 能換來 春夜的天籟
我情願 現在與未來 能充滿 秋涼的爽快
SAY GOODBYE  SAY GOODBYE
前前後後 迂迂迴迴地試探
SAY GOODBYE  SAY GOODBYE
昂首闊步 不留一絲遺憾

私は期待している いつの日にか帰って來ることを
私が一番最初に愛した人の元に戻り 子供のように天真爛漫な心に戻れることを
私は期待している いつの日にか理解できることを
人の世の至高の愛を理解し 人の穢れなき気持ちを理解できることを
私は心から願う 袂を分かつ惜別の情を 春の夜の自然が奏でる音に変えられることを
私は心から願う 現在と未来を 秋の涼しさのような爽快感で満たせることを
さよなら… さよならを言おう
行きつ戻りつ 遠回りになろうとも手探りしながら進んで行こう
さよなら… さよならを言おう
頭を上げて堂々と歩き出そう ほんの僅かな後悔も留めることなく


SAY GOODBYE  SAY GOODBYE
前前後後 迂迂迴迴地試探
SAY GOODBYE  SAY GOODBYE
昂首闊步 不留一絲遺~憾~

さよなら… さよならを言おう
行きつ戻りつ 遠回りになろうとも手探りしながら進んで行こう
さよなら… さよならを言おう
頭を上げて堂々と歩き出そう ほんの僅かな後悔も留めることなく~


啊啊啊啊 啊啊啊…
ああああ あああ…


SAY GOODBYE!
さよならを言おう!



 張雨生の原唱版はこちら↓

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