伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居する隠者の戯言です。

明月千里寄相思


 「明月千里寄相思」は、1948年上海で発表された楽曲です。
 作詞・作曲は、戲曲家の金流(本名:劉如曾)で、当時26歲の吳鶯音が原唱して大ヒットとなり、ほぼ70年後の今日でも歌い継がれています。
 この歌詞は、文語体で書かれていますので、訓読も可能です。

 筆者注:

 「訓読」とは、漢文の語順を日本語の文法の順に変換し、助詞や助動詞を補って外国語である支那諸語をそのまま日本語として読み下す方法で、外国語を翻訳せずに自国語として理解するという点で世界で唯一の方法です。

 今回は、伊賀流い加減な我流)による訓読文を添付し、蔡幸娟小姐の演唱でご紹介します。
 なお、この歌詞を深く理解するためには、古来「」は何処まで歩いて行っても自分の頭上に付いてくることから、「遠く離れている人と人との心を結びつける」ものであると考えられていたことをご承知おきください。



(原詞・訓読文)
【明月千里寄相思】【明月は千里に相思を寄(よ)す】
                                 詞・曲:金流   
                                 演唱:蔡幸娟
夜色茫茫罩四周   夜色は茫茫(ぼうぼう)として四周を罩(こ)め
天邊新月如鉤    天邊(てんぺん)の新月は鉤(かぎ)の如し
回憶往事恍如夢   往事を回憶すれば恍(こう)として夢の如く
重尋夢境何處求   重ねて夢境を尋(たず)ねんとするも何處(いずく)にか求めん
人隔千里路悠悠   人は千里を隔てて路は悠悠たり 
未曾遙問心已愁   未だ曾(か)つて遙かに問わず心は已に愁えり
請明月代問候    明月に請う 代わりて問候(もんこう)するを 
思念的人兒淚常流  「思念する人兒(じんじ)の淚常に流るる」と


月色朦朦夜未盡   月色は朦朦(もうもう)として夜未だ盡(つ)きず  
週遭寂寞寧靜    週遭(しゅうそう)は寂寞として寧靜(ねいせい)たり
桌上寒燈光不明   桌上(たくじょう)の寒燈(かんとう)光は明らかならず 
伴我獨坐苦孤零   獨(ひと)り坐し孤零(これい)に苦しむ我に伴う
人隔千里無音訊   人は千里を隔てて音訊(おんじん)無く  
欲待遙問總無憑   遙かに問うを待たんと欲するも總(すべ)て憑(よ)るなし
請明月代傳信    明月に請う 代わりて信を傳(つた)うるを  
寄我片紙兒慰離情  「我に片紙を寄せて兒(じ)離情(りじょう)を慰さめよ」と



(和訳)
【明月は千里の彼方に思いを届ける】

夜の景色がおぼろげに周りを包み
天の果ての新月は鉤のようになっている
昔を思い出せばうっとりする微かな夢のよう
あの夢の世界をもう一度探そうとするけれど、一体どこにあるというのでしょうか
私たちは千里も離れていて、その道は遥かに遠い
貴方は私の安否を問うてはくれず、私の心は既に悲しみに沈んでいる
明るいお月様にお願いして、私の代わりに貴方に挨拶してもらおう
「貴方を思い焦がれる私の涙の止まることはないのよ」と


涙で見る月の色はぼんやりとして、物思う夜はまだ明けない
私の周りは寂しげだけど安らかで静かだわ
テーブルの上の侘しいランプの光はほの暗く
一人きりで孤独と貧しさに耐えて座っている私の傍で照らしているわ
私たちは千里も離れて音沙汰もなく
遠くから貴方が安否を尋ねてくれるのを待っていようと思うけど、全て頼みにはならない
明るいお月様にお願いして、私の代わりに貴方に手紙を届けてもらおう
「せめて私に一枚の書付けを送って、別離の悲哀を慰めてほしい」と





蔡幸娟_明月千里寄相思(200802)


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