伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

誰もいない海(越路吹雪版)


 「誰もいない海」は、1967年NETテレビ(現テレビ朝日)の『木島則夫モーニングショー』の中で「今週の歌」として、アメリカ出身の日本の歌手ジェリー伊藤(ジェリー いとう、1927年7月12日 - 2007年7月8日)が演唱した楽曲です。


 レコードはジェリー伊藤に先んじて3人が発売しています。
 1968年にシャンソン歌手の大木康子が初めてレコード化しましたが、全くヒットしませんでした。
 2年後の1970年11月5日に日本の歌謡ポップデュオであるトワ・エ・モワ (Toi et Moi)と元宝塚歌劇団男役トップスターでシャンソン歌手に転向した越路 吹雪(こしじ ふぶき、1924年(大正13年)2月18日 - 1980年(昭和55年)11月7日)が同日にレコードを発売し、トワ・エ・モワ版がオリコン16位、越路 吹雪版は同92位にランクインするヒットとなりました。
 原唱者のジェリー伊藤がレコーディングしたのは翌1971年ですが、こちらは英語の翻訳歌詞を入れるなど趣向を凝らしたものの全く売れませんでした。


 作詞は、日本の口語現代詩を得意とする女流詩人山口 洋子(やまぐち ようこ、1933年10月 - )が書いていますが、この人の詩で曲が付いて演唱されたのは伊賀山人の知る限りこの1曲だけです。
 時々間違われるのですが、『よこはま・たそがれ』や『千曲川』などの流行歌で知られる作詞家の山口洋子(やまぐち ようこ、1937年5月10日 - 2014年9月6日)とは、同姓同名の別人です。


 作曲は、越路吹雪の夫で日本の音楽家内藤 法美(ないとう つねみ、1929年11月16日 - 1988年7月9日)が担当していますが、この人は1959年に越路 吹雪と結婚して彼女が胃癌の為56歳という若さで世を去るまで生涯を共にしています。その本人も8年後に肝臓癌を患い58歳の若さで越路の許に旅立ちました。


 この楽曲の歌詞は、1首が3節からなる3段構成となっており、かつ、それぞれの節の中の各句は起承転結の4句からなっています。
 各節を通して起句は同じ文言で「今はもう秋 誰もいない海」と詠い起しています。
 承句・転句・結句は、第1節から第3節まで連続する対句のような構成になっています。
 承句では第1節で「他人」第2節で「自分」第3節で「思い人」のことを詠じて、自らの苦しみや悲しみの根源を幅広く表現しています。
 転句では各節順に自分が死にはしないと約束した相手を「海」「砂」「空」と視線を遠くから近くへ、更に上に揚げることにより未来への希望を予感させています。
 結句では、「つらくても」「淋しくても」「ひとりでも」・・・「死にはしないと」詠じて、苦難に耐えて独り生きて行く決意を表明しています。


 この詩には主人公である「私」と「帰らない人」との関係は述べられていませんが、そのことにより聞く人それぞれの人生に応ずる様々な解釈が可能な余韻のある詩になっています。


 この楽曲を最も多く売り上げたトワ・エ・モワは、ラウンジ系ポップの先駆けとして多くのヒット曲を出しています。
 ラウンジ系ポップとは元々ホテルのラウンジやカフェでかかる音楽、つまりそこに集う人々の会話や社交を邪魔しないムード音楽が主体ですので、その演唱はやや平板で情感を欠く憾みがあります。


 今回は、作曲者内藤法美の妻である越路吹雪のシャンソン風の演唱でご紹介します。
 この楽曲発表の10年後に越路に先立たれた内藤の心情を表わしているともいえる一曲です。
 


 誰もいない海
 
無人的海邊
               作詞:山口洋子 作曲:内藤法美 演唱:越路吹雪


(第1節)
今はもう秋 誰もいない海
知らん顔して 人がゆき過ぎても
私は忘れない 海に約束したから
つらくても つらくても 死にはしないと

現在已是秋天 無人的海邊
即使人們經過 也是冷漠
我不會忘記 因爲我約定大海
無盡痛苦 無盡痛苦 儘管如此我並沒有死去


(第2節)
今はもう秋 誰もいない海
たったひとつの 夢がやぶれても
私は忘れない 砂に約束したから
淋しくても 淋しくても 死にはしないと

現在已是秋天 無人的海邊
唯一的.夢想心願 也破滅了
我不會忘記 因爲我約定海沙
無盡寂寞 無盡寂寞 儘管如此我並沒有死去


(第3節)
今はもう秋 誰もいない海
いとしい面影(おもかげ) 帰らなくても
私は忘れない 空に約束したから
ひとりでも ひとりでも 死にはしないと

現在已是秋天 無人的海邊
即使是可愛身影 也不回來
我不會忘記 因爲我約定天空
無盡孤獨 無盡孤獨 儘管如此我並沒有死去




越路吹雪 誰もいない海



 おまけ トワ・エ・モワ 版▼

誰もいない海  トア・エ・モア