シンガポール(華僑の国)
【シンガポールの夜景】
シンガポールは、人口540万人の内74%を華人系が占め、政治的・経済的に中共の属国のような態度を取る華僑の国です。
マレー半島の南端に位置する大小約60の島からなる、マレーシア連邦の一地域でしたが、原住民であるマレー人と移民の華僑との間の軋轢により、1965年、マレーシア連邦から追放されて独立国となりました。
その後、世界的な貿易、交通及び金融の中心地となり、国民一人あたりのGDPは東京都民を凌駕しています。
1942年2月7日、日本軍がシンガポールに進駐を開始した時、それまで宗主国のイギリスの走狗となってマレー人から搾取して儲けていたマレー半島とシンガポールの華僑は、自分たちの利権が失われることを恐れて義勇軍を組織してイギリスに加担しました。
2月15日、日本軍は英軍を打ち破ってシンガポールを占領しました。
白旗を掲げたパーシバル将軍以下のイギリス兵の惨めな姿を目の当たりに見た現地のマレー人は、数世紀にわたる白人支配の没落を肌で感じました。
イギリス軍に加担したものの、たちまち粉砕された華僑たちは、一般市民の中に逃げ込んでしまいました。
マレーシアやシンガポールでは、「日本軍に虐殺された中国系市民」と言われていますが、彼らは決して市民ではありません。華僑系のゲリラだったのです。彼らは、一般市民に紛れ込んで、市民を「人間の盾」としてゲリラ攻撃を続けたため、その付近一帯の市民の生命を危機にさらしました。
このようなゲリラ攻撃は、ハーグの陸戦規定に基づく正当な交戦ではなく、山賊や野盗のような犯罪行為です。交戦者としての資格のない者の行った攻撃は、正当な戦闘行為ではなくジュネーヴ条約で権利を保護される捕虜になる資格がないため、、テロリストの犯罪として制圧され、あるいは逮捕された場合には裁かれて刑に服することになります。
マレーシアやシンガポールの華僑の一部が犯したテロ攻撃は、戦後、イギリスの裁判官でさえ死刑が当然であると見なす犯罪行為でした。
当時、華僑ゲリラに死刑判決を下した日本の判事は、戦後、戦争犯罪者として被告人にされましたが、イギリスの軍事法廷ですら、このようなテロリストを死刑に処した判決を当然のこととして、日本の元判事全員に無罪の判決を下しました。
最近ASEANでも日本の「侵略性」の声が大きくなってきた理由は、概ね、次のとおりと考えられています。
① 独立戦争を戦った親日的世代が少なくなってきた。
② 欧米留学組のエリートが台頭。政治・経済・文化など各方面の指
導的地位に立った。
③ 植民地時代を知らない国民の間に、国家的・民族的アイデンティ
ティーの要求が高まってきた。
(独立戦争における旧日本兵の協力の否定)
④ そこに太平洋戦争を日本による侵略戦争とする、共産党的ないし
欧米的定義が浸透する基盤となった。
⑤ 華僑資本が握っているマスコミの影響。
《佐治芳彦 「新戦争論『太平洋戦争』の真実」》より
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