20年ほど前、伊賀に自宅を新築して間もなく、一匹の犬が家族の一員となりました。
ペットショップの店頭で、我が家の家計を圧迫するほどの価格に目を剥いた私は住宅ローンのこともあり、とても飼う気にはなりませんでしたが、山の神と3人の子供たちの不退転の決意と圧力に負けて、その日の内になけなしの貯金を下ろして我が家につれて帰りラルクと名付けました。「室内犬に煙草の煙は良くない」との真偽不明の情報をどこからか聞きつけてきた山の神の命により、即日、我が家は屋内禁煙になってしまいました。
ラルクの好物は、ご飯とレタスとお散歩でした。私もたまには散歩に連れてゆき、時々は「広いところで思い切り走らせてやりたい」との山の神の提案により、30分も車を飛ばして青山高原と言うところの芝生広場にも行きました。ラルクはとても活発な犬種で、スケーターよろしく3回転ジャンプなどもこなしていましたが、持病の心臓病もあり、年々体力が低下して晩年は飛び上がることができず、その場で歩いてスピンしていました。
ラルクが来てほどなく、私は職を求めて、名古屋を皮切りに仙台、富士、宇治、京都、高崎と10数年間にわたり、出稼ぎの旅に出ることになりました。群馬の高崎にいるとき、その日はやって来ました。
山の神の話によると、いつも通りご飯を平らげ、レタスを3枚ほど食べて、これまたいつも通り表を通る大型犬に「ワン!」と一声吠えて、そのまま静かに永遠の眠りについたそうです。その後、山の神は子供たちを引き連れて、名張動物霊園でしめやかに葬儀を執り行いました。主の帰りを待たずに旅立ったラルクの訃報に接した私は、遠い上州の地で、生あるうちにもっと何か喜ぶようなことをしてやっておけばよかったと、一抹の悔悟の念と寂寥感を禁じえませんでした。
本日、ラルクの7回忌です。耳をなびかせて、青山高原を颯爽と駆け抜けていったラルクの姿を思い起こすと、今でも、庭に出て燻らす煙草の煙が眼に沁みます。