伊賀の徒然草

伊賀名張の山中に閑居して病を養う隠者の戯言です。

願榮光歸香港(Glory to Hong Kong:香港に栄光あれ)


「願榮光歸香港」(Glory to Hong Kong:香港に栄光あれ)は、香港のネット掲示板「連登討論區」(略称「連登」又「LIHKG」)のユーザーの一人で仮名のトーマス(Thomas、全名:Thomas dgx yhl、略称は「t,」又「 tdgx」)を名乗る音楽家が、2019年8月31日に動画サイトYouTubeに発表した楽曲です。


 この楽曲は、香港で逃亡犯条例改正案に反対し五大要求を達成するため2019年6月9日に行われた、香港の人口の約7分の1にあたる103万人が参加した大規模デモに共感したトーマスが、民主化支持の立場から作詞・作曲したものです。

筆者注:

「五大要求」とは、香港の民主化運動のスローガン「五大訴求,缺一不可」(五大要求、その一つでも欠かせない)を日本語にしたもので、その内容は次のとおりです。

(1)逃亡犯条例改正案の完全撤回

(2)デモを「暴動」と認定した香港政府見解の取り消し

(3)警察の暴力に関する独立調査委員会の設置

(4)拘束・逮捕されたデモ参加者らの釈放

(5)行政長官選や立法会選での普通選挙の実現


 曲は、バロック調のクラッシックを基調として、イギリスやアメリカやロシアの国歌の他、アメリカ南部の軍歌リパブリック讃歌や讃美歌の「榮歸主頌」など様々な曲を参考にして勇壮な曲に仕上げています。


 歌詞は、元々は広東語(粤語(えつご)の広州方言を基盤に成立した言語)で書かれていますが、その後、陸続と多言語に翻訳されており、ドイツ語、日本語、フランス語、台湾閩南語、カタルーニャ語など様々な版が存在します。
 これら他国語版は、広東語とは言語構造の異なる外国語を同一の曲に割り付けているため、それぞれの内容はかなり異なったものになっています。
 今回は、作詞者トーマスの意図を尊重して、原唱の広東語版をご紹介します。


 広東語版の歌詞は、全般的に支那の古語を使用して文語調に仕上げています。
 詞題に見える「榮光」とは、日本語の「栄光」と同義ですが、現代支那諸語では語順が逆で「光榮」と表記されるものです。
 古語に属する「榮光」は、古くは盛唐(約1300年前)の詩人李白の韻文に使用されており、新しくは魯迅(約100年前)の随筆や聖書の漢訳版(約100年前)にも見える詞語で、歌詞の格調を高める効果が有ります。
 なお、「光榮」の用例もありますが、使い分けとしては「榮光」が抽象概念を表わすことが多いのに対し、「光榮」の方は具体的な光り輝きを表わす用例の方が多くあります。

筆者注:

榮光」の用例


“ 方將延榮光於后昆,軼玄風於邃古。 ”

—— 李白,《大獵賦》


“ 他們的國粹,既然這樣有榮光,他們自然也有榮光了! ”

—— 魯迅,《熱風 · 隨感錄三十八》


“ 彼此呼喊說:聖哉!聖哉!聖哉!萬軍之耶和華;他的榮光充滿全地! ”

—— 和合本《以賽亞書》6章3節



光榮」の用例


“丹華灼烈烈,帷彩有光榮。 光好曄流離,可以戲淑靈。”

—— 曹植,《棄婦詩》(又稱《棄婦篇》)


 詞題の「願榮光歸香港」の句は、歌詞の最後にも書かれていますが、トーマスがこの歌詞を作るにあたって、最初に思いついた一句で、この楽曲の主題を成すものです。
 句中の「歸」には「帰る、戻る」と「帰する、最後には在るべきところへ落ち着く」の両義があります。
 そのため、この句には二つの意味があると、トーマス自身も語っています。
 一つは、今は乱れている香港の未来を展望して、「香港が再び人々の心の中で栄光に輝く街に戻ることを願う。」であり、もう一つは、「香港の人それぞれが持つ個人的な輝きと栄光を故郷の香港に注ぎ込んでくれることを願う。」です。


 トーマスは、この楽曲を作詞・作曲して2019年8月26日に、先ず「連登」に発表しています。
 その時同時に合唱に参加してくれるユーザーの募集と歌詞の修正意見を求めています。
 合唱については20人以上が応募し、歌詞については「光復香港,時代革命」を含める提案を採用して、楽曲は完成しました。このため、正式発表では作詞者は「t, 眾連登仔」(トーマスと連登ネットユーザーたち)と表示されています。
 連登発表の3日後には応募したネットユーザーがスタジオに集合して合唱を録音して、8月31日に初版を動画サイトYouTubeに発表しました。
 また、 9月11日には、150人の香港のアーティストがこの曲のオーケストラコーラスバージョンを録音してYouTubeに発表しました。


 補詞された「光復香港,時代革命」(香港を回復せよ、変革の時だ)とは、2016年初頭から香港の社会運動や民主運動で使用されてきたスローガンです。
 「光復香港」とは、中共により弾圧されている香港を元の自由で民主的な香港に戻そうとの意です。
 「時代革命」とは、「流血ををいとわず政権を転覆する革命の時代」の意ではなく、「工業革命」「技術革命」などの用法に見るように「改革の時代だ」或いは「世代交替の時だ」というほどの意です。


 歌詞は起承転結の4段から構成されており、主に若者たちに呼びかける内容になっています。その要旨は次のとおりです。

起段

 自由、平等、公正は人が生まれながらに持つ権利であるが、近年香港ではそれらが奪われ抑圧されている現状から詠い起こして、沈黙するよりも自由を取り戻すための声を上げようと呼びかけている。


承段

 起段を承けて、逃亡犯条例を念頭に、誰もが不正を目にし、血を流し、甚だしきは命を落とす状況にあることを詠じて、正義のために立ち上がろうと呼びかけている。


転段: 

 場面発想を転換し、現在の香港の状況を暗黒が支配する真夜中に例え、その中で、不滅の勇気と知恵をもって、自由を守るための抵抗を続けようと呼びかけている。


結段

 暗黒の夜も必ず新しい朝になることを詠じて、若者たちに正義の為の改革と、万世不朽の民主と自由を取り戻すための活動への参加を呼びかけ、最後に「香港に栄光あれ」との願いを謳い上げて結びとしている。 


 この楽曲は、デモ参加者のテーマソングとして、2019年9月以降頻繁に歌われるようになり大多数の香港人と欧米各国の国民からは絶大な支持を受けていますが、香港政府や中共政府からは激しく非難されています。
 以下、賛否両論の見解を抜粋しておきます。

肯定的評価

 ドイツ国営の国際放送「ドイツの波」では、この曲を香港の抗議運動の「主題曲」と表現している 。


 アメリカの国営放送「アメリカの声」では、この曲はデモ参加者の心の声を表すものだと述べている。


 アメリカのニュース雑誌 「タイム」誌はこの曲を香港の新しい「国歌」と表現している 。 


 中華民国(台湾)の新聞「自由時報」はこの曲を「抗争者の軍歌」と表現し、香港の時局に対する不安と不退転の革命精神を歌った曲だと評価している 。 


 アメリカニューヨークに本部を置く中国語専門のテレビ局「新唐人テレビ」はこの曲を「抗争者の軍歌」であり「民主主義と自由のために、権力を恐れず、粘り強く、永久に撤回しない香港の人々の抗争精神を歌い上げたもの」と述べている 。


 同じくニューヨークを拠点として、法輪功が中心となって発行する多言語メディア「大紀元時報」はこの歌を「正義のために、信仰のために、手足となって働く兄弟を励まし、そして世界中の香港の人々に自由を求めて叫ぶように知らせるためのものである」と説明している。


 また、 香港立法会の前主席曾鈺成(ジャスパー・ツァン)は、この歌の技巧と質の高さを称え、「この曲はデモ隊の宣伝水準の高さを反映しており、香港政府の既に及ぶところではない」と述べている。


否定的評価

 香港特別行政区全国人民代表大会代表 は、この曲を「香港独立」思想を撒き散らすものだと主張し、教育局の局長は、この曲には「強烈な政治的情報が含まれている」ので、香港の学校内で演唱したり演奏したりすることは「絶対にすべきではない」と述べた。


 香港理工大學の講師陳偉強(チェン・ウェイカン)は、この曲は1国2制度と香港の主権が中共に属することを否定するものだと批判した。


 香港中文大學の音樂講師湯柏恩(ブライアン・トンプソン)は、音楽理論の立場から、この曲は音調が高すぎて、音域も広すぎるので、素人が歌うのは難しすぎると指摘した。


 「中国共産党の代弁者」と称されている香港の左派系新聞「文匯報」は、「洗脳して独立を扇動する歌」と題する記事の中で、この曲を「香港独立の歌」であり、歌詞は「暴力を美化する」内容であると批判した。


 香港の女評論家潘麗瓊(パン・リチョン)は、香港の中立系新聞「明報」に「香港独立を鼓舞する洗脳の歌」と題する記事を寄稿し、この曲は「美文を用いて、憎しみを鼓舞」し、「暴力と憎しみの種を『洗脳の歌』の中に撒き散らして、人々はそれに踊らされて、悪行を犯している」と主張した。


 また、 香港警察はこの曲を嫌って、人々が集会やコンサートなどで演唱することを禁止しており、この曲を校門の外で演奏した中学生を逮捕する事件も起きた 。


 以上のように、この楽曲は、民主化要求デモ参加者の間では、常にテーマソングとして歌われていますが、政府側から見ると香港独立を扇動する洗脳歌とみられています。


 なお、現在の香港で、中共からの分離独立を標榜することは、「香港国家安全維持法」違反となり、場合によっては終身刑に処されます。
 そのため、この楽曲を「香港の新しい国歌」と標榜することは、香港の民主活動家にとっては非常に危険な行為になります。
 香港の朋友の身の安全を図るため、当記事では政治的な見解は差し控え、あくまでもこの楽曲は香港の民衆の歌としてご紹介しておきます。
  
 ただ、この楽曲のオリジナル版については、映像が暴力的と評価されたのか理由は判然としませんが、数日前に「年齢制限」が設定されました。
 香港の民主と自由を希求するこの楽曲の公開が中共や香港の政府によって禁止される日のなきことを願いつつ、オリジナル版とオーケストラ版をご紹介します。



願榮光歸香港
願わくは香港に栄光の帰するを
香港に栄光あれ

                作詞:t, 眾連登仔 作曲:thomas dgx yhl
                編曲:t, bp, clk, oct tad


何以 這土地 淚再流
何以 令眾人 亦憤恨
昂首 拒默沉 吶喊聲 響透
盼自由 歸於 這裡
何を以って 這(こ)の土地に 淚(なんだ)再(ふた)たび流るるか
何を以って 眾人(しゅうじん)をして 亦(ま)た憤恨(ふんこん)せしむるか
首(こうべ)を昂(あ)げて 默沉(もくちん)を拒み 吶喊(とっかん)の聲(こえ)を 響(ひび)き透さん
自由の  這裡(ここ)に歸するを盼(ねが)わん

どうしてこの土地に再び涙が流れるのか
どうして人々をして憤り怨ませるのか
頭を挙げて沈黙を拒みときの声を上げて響き渡らせよう
自由がここに戻ってくるのを切に願って


何以 這恐懼 抹不走
何以 為信念 從沒退後
何解 血在流 但邁進聲 響透
建自由 光輝 香港
何を以って 這(こ)の恐懼(きょうく) 抹(け)して走らざるか
何を以って 信念の為に 從(かつ)て退後せざるか
何んぞ解さん 血(ち)流し在るも 但(た)だ邁進の聲を 響(ひび)き透すを
自由を建て 香港を光輝せんがためなり

どうしてこの恐怖は消そうとしても消えないのか
どうして信念の為にかつて退却はしなかったのか
どのように理解すべきか血を流してもただ邁進の声を響き渡らすのを
それは自由を建てて香港を光り輝かせるためなのだ


在晚星 墜落 徬徨午夜
迷霧裡 最遠處吹來 號角聲
捍自由 來齊集這裡 來全力抗對
勇氣 智慧 也永不滅
晚(よる)に在る星 墜落し 徬徨(ほうこう)する午夜(ごや)
迷霧(めいむ)の裡(うち)に 最も遠き處(ところ)より吹き來たる 號角(ごうかく)の聲(こえ)
自由を捍(まも)り 來(いざ)這裡(ここ)に齊(とも)に集まり 來(いざ)全力で抗(あら)がい對(むか)はん
勇氣 智慧 也(ま)た永(とわ)に不滅たり

星降る夜に彷徨い歩く真夜中
深い霧の中に遙か遠くから聞こえてくるラッパの音
自由を守るために皆ここに集まり全力で抵抗しよう
勇気と知恵とは永久に不滅である


黎明來到 要光復 這香港
同行兒女 為正義 時代革命
祈求 民主與自由 萬世都不朽
我願榮光歸香港
黎明の來(いざ)到れば 光復を要するは 這(こ)の香港なり
同(とも)に行かん兒女よ 正義の為に 時代は革命たり
祈求する 民主と自由との 萬世に不朽(ふきゅう)たらんことを
我は願う 香港に栄光の帰するを

夜明けが来れば 香港を取り戻す時だ
共に進もう若者たちよ 正義の為に いま改革の時だ
祈り求めるのは 民主と自由とが 万世に朽ちざることだ
我は願う 香港に栄光あれと



 【オリジナル版】(2020.8.31)▼

DGX -《願榮光歸香港》原版 《Glory to Hong Kong》First version (with ENG subs)



 【オーケストラ版】(2020.9.11)▼

《願榮光歸香港》管弦樂團及合唱團版 MV



 おまけ:多国語版▼

【抗暴之戰】~ 願榮光歸香港 ~ 多國語言版 : 廣東話、台語、韓語、英語、日語、德語、越南語、加泰語、法語、國語