東ティモール(アジア唯一の元ポルトガル領)
【東ティモールの首都ディリにおける自衛隊広報官によるPKO活動取材の一コマ】
東ティモールは、かつてポルトガル領ティモールと呼ばれるアジアでほぼ唯一のポルトガル領だった。(他に幾つかの小さい島々でポルトガル領もある)
日本は、戦前、ここに定期航空便を飛ばしていた。
大東亜戦争中、ポルトガルは中立を宣言したため、日本軍としてはティモールに進駐する予定はなかった。
ところが、インドネシアを植民地としていたオランダが、日本軍のマレー半島上陸によりアジアでの利権を失いそうになったことに腹を立てて、日本に一方的に宣戦布告して、何を血迷ったか、非武装の民間人しかいないティモールに攻撃をしかけた。
ここは中立国ポルトガル領だから明らかな国際法違反行為である。
ポルトガルの総督が抗議したが、オランダ兵は相手が丸腰なときは滅法強く、抗議を無視して大日本航空職員ら三十一人の日本の民間人を拘束した。
日本はポルトガル政府の許可を得て第38師団が邦人救出のため上陸した。
臆病なオランダ兵は算を乱して逃げて行った。
この「邦人救出」の史実を朝日新聞の主筆船橋洋一は日本軍がティモールに「侵攻した」と書く。この人の性格は日本人蔑視という点も含めオランダ人に似ている。
この島の守備はその後、第48師団が引き継ぐ。
彼らの見た島民の生活はひどいものだった。
宗主国ポルトガルは、原住民の反乱を恐れて道らしい道も作らず、まして島民のための病院も学校も何も作らなかった。
首都ディリにさえ商店はなかった。島民はニッパヤシで葺いた、家具もない粗末な家に住み、階下に豚を飼っていた。支那の便所と同じで餌は人糞だった。
彼らの財産はその豚と土器と火打石と褌(ふんどし)だけだった。
島民は日本軍がきてオランダの白人を追いたてるのを見て、自分たちを日ごろ残忍に扱ってきたポルトガル人を襲い始めた。
日本軍はポルトガルの総督らを保護し、その代わり島民を縛ってきた人頭税を廃し、成人に課してきた使役もやめさせた。
これを早大教授の後藤乾一や慶大教授の倉沢愛子は「日本軍が島民を虐待し、略奪し、殺した」と書く。
島民の褌(ふんどし)を略奪して何の意味があるのか。
このような自明の事実を全く理解できないか、或いは恣意的に虚言を吹聴するような大学教授にそもそも学生を教える資格があるのだろうか。
戦後、日本軍が去ると島民は再びポルトガルの過酷な支配にひしがれた。
男には再び使役が課され、女は綺麗だと白人の慰みものにされた。それで生まれたのが現大統領のラモス・ホルタや先代のシャナナ・グスマンらだ。
ポルトガルは多少色白に生まれた混血児の彼らに白人の血とともに宗主国の国籍と白人の名と教育と武器を与えた。
しかし色つきの島民にはそのどれも与えなかった。
当時のティモールの人口は100万人足らず、日本軍の去った後、自力で独立することは不可能だった。
しかし、1975年、ポルトガルはこの島を捨てた。特産品があるでなし、どう搾取しても維持経費が出なくなったためだ。
捨てられた島を、かつて日本が独立を助けたインドネシアが面倒を見た。
毎年二千万ドル以上の国費がここにつぎ込まれ、元々インドネシア領であった隣りの西ティモールと同じようにインドネシア語が教えられ、病院と学校が建てられ、道路も整備された。豚と一緒の家もまともな住宅に建て替えられていった。
四百年間、ポルトガルが搾取し続けた島はやっと人の住む世界に生まれ変わった。
しかし白人の国籍をもつラモス・ホルタたちは色つき人種インドネシア人の支配を嫌い、2002年にオーストラリアと組んで無理やり独立してしまった。
朝日新聞の記者矢野英基が最近のこの島の表情をコラムに書いていた。
警官が商店主にたかってみかじめ料を取っている。この悪習は「インドネシア併合時代に根付いた慣行だろう」。こういう「負の遺産」は早く処理しろと。
併合したからこそ商店ができた。過去も調べず、悪いことは色付き人種のせいにして喜ぶ。
こういう嘘を書けば後藤乾一や倉沢愛子のように大学教授になれるとでも思っているのだろうか。
現在、数次に亘る自衛隊のPKO活動の成果もあり、現地での対日感情は極めて良好である。
ところが、迷惑なのは、PKOに日本から付いてまわる、市民運動家を標榜する日本の左翼系のデモ隊である。
彼らは、数人のグループで、日本語や英語で書いた嘘八百のプラカードをわざわざ日本から持ち込み、現地でアルバイトを雇って、支離滅裂なデモを仕掛ける。
「東ティモールで5万人を虐殺した自衛隊は帰れ!」
「従軍慰安婦に補償しろ!」
「PKO絶対反対!」
「憲法改正反対!」等々
挙句の果てには、元従軍慰安婦と称する現地人の女まで連れてきて声を張り上げる。
その女たるや、戦時中に生まれていたかどうかという年恰好である。
暑い中、余り年寄りではデモに参加する体力が無いのだろう。
このような輩は、「60年ぶりに我々を助けに来てくれた日本軍に何を言うのか!」と現地の長老たちの怒りを買い、挙句の果てには本物の現地人に詰め寄られ空港周辺で乱闘騒ぎを起こして現地警察のご厄介になる。
現地の住民からは、「一体何故、日本政府は軍隊にこのような変な者を付けて来て、わざわざ嘘を言わせるのか」と不思議がられる。
しかしながら、このデモ隊の愚にもつかぬ作り話を朝日新聞の主筆は裏付けも取らずに、あたかも東ティモールの国民の総意であるかのように、まことしやかに記事にして、5万人大虐殺説を吹聴し、賠償が必要であるなどとの妄言を記事にする。
曾て南京大虐殺や従軍慰安婦問題をでっち上げた時の記事と発想は同じである。
更には、このような馬鹿者どもを相手にしているほど暇ではない自衛隊員が、任務遂行の為、毅然として通り過ぎたのを、「良心の呵責に耐えきれず、こそこそと逃げ去った」と書く。
そして、この記事を真に受けた国民の間に更なる自虐史観を蔓延させて、仮想徹国中共や朝鮮などを喜ばせる。
我が国に、正論が広まらない本質的原因と構造的問題とがここにある。
無知な教育者、無能な学者、敵国人の走狗と成り下がった新聞記者や市民活動家などの無責任な言論は百害あって一利ない。
このように言論の自由をはき違えた国賊、売国奴、非国民の類は、まとめて国外に追放して貰いたいものである。
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